2008年AWの生地傾向 - 伝統回帰の表面化

今回は少しだけ専門用語も交えて

生地については久しぶり、ほぼ1年半振りの更新です。今までの生地傾向が完全に変わってしまいました。余りに急激に表面化してしまったので、少し驚いています。2008年AWの生地傾向は完全な復古です。

既に4年くらい前からフィレンツェで英国調への回帰傾向が指摘されていましたし、カジュアルでは04AW 品切れ色柄の傾向から英国調回帰的でした。それがスーツ地にも波及しています。極端なものがZegnaです。昨年までは04AW 品切れ色柄の傾向にあったような光沢ある生地が豊富でしたが、今年はAnteprimaに殆どありません。この点、進取性の高さは流石Zegnaというべきかもしれませんね。

今回は少しばかり専門用語を地の文に交えてしまいます。慣れない方には辛いと思いますものの、どうぞ挑戦なさってみてください。語の解説はこちらのページで。

全般的な特徴

Mila Schön: Saxony

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Milled Type / ミルド タイプ

伝統回帰的な生地としてミルド(milled)な生地が目立ちます。ミルドは「表面を縮絨させた」という程度の意味で、「サクソニー(saxony),フランネル(flannel)」、又はその類似生地になります。

サクソニーは非常に伝統的な生地で、30-40年前に秋冬スーツといえばコレ、という位に定番の生地組織です。基本的に紡毛ですが、良いものは梳毛です。梳毛サクソニーをミルド・ウーステッド(milled worsted)と呼ぶこともありますが、梳毛サキソニーでも問題ないと思います。梳毛の方が良質/丈夫でスーツに向きます。紡毛は弱くなります。

杢糸(もくいと)使い

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杢糸使いも目立ちます。極端なものがAnteprimaで、かなり多くが杢糸使いか杢糸風の生地になっています。杢糸は違う色糸を撚り合わせたもので、それだけで凹凸感や暖かみが出やすくなります。逆に光沢や高級感、ドレッシーさは無くなります。

杢糸は非常に古くから馴染み深い伝統的なもので、最近は姿を余り見せませんでしたが、かつては非常に多く、極めて一般的でした。高級感などはありませんが、実直/誠実、穏やかな印象を生みやすくなります。

色柄は更に定番〜地味に

scabal: bunch "Big Ben"

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スーツ地の柄は千鳥格子(ハウンド・トゥース/hound's-tooth check)、グレンチェック(glen check)、杉綾(ヘリンボーン/herring born)、ストライプに無地という定番どころ〜英国調です。

色についてはグレーや紺の単色〜二色という、これもまたオーソドックスで、派手さの無いものになっています。杢糸使いや杢糸風だと、色自体は多く含まれているのですが、はっきりそれと分かる多色は余り多くありません。

シャークスキン(shark skin)にマット・ウース(mat worsted)、サージ系統、ギャバジン系統でも光沢のないものが主流です。英国の伝統的なスーツ地がどのようなものかは、ScabalのBig Benを見ると一番分かりやすいと思います。Big Benのサブタイトル自体が"English Traditional Suiting"です。

馴染みのお店などでご覧頂けると容易に把握できると思います。非常にオーソドックスで、地味ながら暖かみのある印象がお分かり頂けると思います。

どう着るか

これらの生地はほとんど主張がありません。特に「無地のサクソニー」ともなれば往年の地味な生地筆頭です。更に一部ではマット・ウースの変形版も見られるようになっています。このマットウース、定番というよりも「平織り/頑丈/無地/光沢なし」と、そもそも面白みのない生地筆頭とも言えるかもしれません。これも伝統的、英国的、かつて定番過ぎる程に定番だった生地です。

一言でいえば、40年前まではうんざりするほど一般的だった生地が主流になって来ているということになります。余りに見慣れていたため、長くどこも推しませんでした。40年も誰も推さなければ新鮮というのも当然です。今の若い方には新鮮に感じられると思います。

Zegna Anteprima

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若い方なら

サクソニーやマットウースなどの生地は主張がありません。これを上手く着る方法ははっきりしています。「シャツ/ネクタイ/靴/帽子/チーフ」で、思う様に遊べるということですね。冒険的な小物や装飾を使えば、非常に引き立ちます。むしろ、そうしないと単なる地味で終わってしまいます。

特に若い方はこのような生地で、若い方特有の「誠実/実直」が強調できますので、ここに品の良いカフスやタイピンなどをあしらうと、上品で洗練された印象も強くなります。

従来の柔らかく光沢のある生地、生地の光沢を生かす柔らかい縫製、この上に小物を凝ると主張が強すぎることになりがちです。しかしこれらの生地ではそうなりません。思う存分、小物で楽しんで頂くことが可能です。

一定の年齢以上の方やこなれた方なら

ある程度の年齢以上の方や、こなれた方は少し面白みが足りないと思われるかもしれません。ならば、いっそのことフランネルでスーツというのも楽しめると思います。梳毛フラノであれば十二分にスーツが可能です。

職業柄、かなり様々な服を身につけて来ましたが、ほぼ最後になってフラノを身につけたくなるというのも変な気分です。固く織ったフラノは、かつて軍服などにも使われた非常に地味な生地ですが、質実で暖かい印象がある生地です。

固く織ったフラノとしては鐘紡のカレッジ・フラノが最良です。ただ、現在からみると非常に重くて固い生地になりますので、これよりは軽いものの方が良いかもしれません。古き良き時代の雰囲気を身にまとうわけですね。極端に「銀鎖/金鎖の懐中時計」なども持ってみたくなります。腕時計もかなり映えるでしょう。

あと何年か

英国調への回帰が指摘され、あっという間に4年が経過し、それが今期に入って完全に表面化しました。最近の流行傾向の変化の早さはあるものの、あと数年はこの傾向が続くかもしれません。

非常に基本的で、ある意味では最も通好みの生地へ流行が回帰していると言えるでしょうね。お好きな方は違いを見せるにあたり、まさしく腕の見せ所です。慣れない方も安心して着用できます。テーラーとしては、クラシコ→伝統回帰と益々厳しい評価に晒されることになり、とても怖く思いますと同時に大変楽しくもあります。

今回は若い方には余りピンと来ない用語が多かったように思います。ということで、伝統的/基本的な生地の用語をこちらのページへ。ご参考になりましたら幸いです。

2008.9.17