英国調への回帰
2003 06 でのイアタリア提案
服飾の世界では2004年の春夏ものは前年の2003年で提案されるのが普通です。まさにその時に提案されたのでは、そのデザインを採用した服を作ることはできませんから、去年のうちに「今年の」デザイン提案があるわけですね。
その2003年6月にイタリア、フィレンツェ "Pitti-Immagine-Uomo"で提案されたテーマは "Urban-Resort" です。日本語にすれば都市型行楽地…(どうして服飾専門家が英語やイタリア語を使いたがるのか良くわかるというものです)。
デザインの概要
提案されたデザイン、コーディネートの概要を、まず列記してみます。例えば業者間だとこういう感じになります。もし興味がございましたら、挑戦してみてください。
「素材はコットン・リネンなどが中心で、柄はストライプ・チェックが増えています。英国調の影響が大きく出ています。英国調という事でネクタイもレジメンタル・ストライプ、タータン・チェックが多いです。またホップサップ組織調やコットン、リネンのNavy Blazerの台頭があります。スタイルは英国調のシルエットをイタリア風にアレンジしたものが主流で、ハイゴージのラペル、袖はManica-Camicia (シャツ・スリーブ)が中心です。またビジネスシーンにおいては、サビルローのクラシック・スタイルが基調となっています。芯地に関しては、純英国調の本バス毛芯は、まだ現時点ではマニアックで、イタリアのキャメル芯地が中心です。そして肩先(袖山)が盛り上がったRoped-Shoulderが英国イメージを反映させたトレンドです。シャツは、クラシックシーンにおいては、衿越の少し高い一つ釦又は二つ釦のセミワイド、ワイドスプレッドタイプが主流。色柄は白、青が基本。ノータイではこれも衿越の少し高い一つ釦又は二つ釦のボタンダウンが主流。色柄もやはり白、青のストライプ、ロンドンストライプもある。靴ではロングノーズのラウンドタイプ、モード系は細長いロングノーズでのスクェア&ラウンドが主流。スポーツ風ではドライビングシューズ的なローファータイプが多く見受けられます。」
一般に使われる服飾用語ばかりですし業者間ではこれが当然なのですが、カタカナだらけでテーラーの私でも頭痛がしてきます。もし、これをそのまま流す小売業者がいれば、怠け者の誹りを免れません。個人のお客様に敬遠されて当然というものです。
英国調とは何?
上記は一言で言えば、英国調に回帰する傾向があるという趣旨です。英国調と一口に言うものの、一体全体何が英国調なのか分かりにくいと思います。そこで英国調の要素を。
ちなみに右の写真は古いイギリスの狩猟風景です。多分、18世紀〜19世紀のものだと思われます。小さくて分かりにくいですが、実はこのころの基本デザインと今の流行のデザインは、殆ど全くと言って良いほど同じです。【拡大図】
生地素材と柄
上記の概要では生地素材に使われるのは綿と亜麻です。自然素材で軽い風合いですから、柔らかい遊び感覚が出ることになります。まさしく Urban-Resort という訳ですね。ただ、普通はウールです。
柄はストライプとチェック。特にイタリアのデザインに英国調を導入し、移行していく様ですから、そのストライプとチェックも、レジメンタル(英国騎馬連隊の連隊旗縞)とタータン(スコットランドの氏族模様)という事になります。ちなみにレジメンタルとは regimental = 連隊 という意味です。
タータンは日本で言う家紋に相当するものです。英国調というのは、普通このような英国の軍隊、氏族、歴史に基づいたデザインを何処かに使ったものを言います。またNavy Blazer はその名の通り、濃紺の上着です。これらが台頭しているというのは、伝統回帰の傾向があると言っても間違いじゃないでしょう。これを軽く着る傾向が出てきたという訳です。
サビル・ロー・スタイル(クラシック・スタイル)
他にクラシック・デザインと呼ばれる事もあります。これは殆ど全ての服の原型の事で、普通はこのデザインです。実はイタリアン〜と呼ばれるスタイルは、このサビル・ロー・スタイルをイタリア風に作り替えたものを呼びます。イタリアン・クラシコ(=イタリアのクラシック・スタイル)という訳ですね。
ですから、基本的にシルエットが細く、体にフィットした物を言います。
右の図はクラシック・スタイルを導入したイタリアの服です。袖の付け根が少し盛り上がっているのがお分かりでしょうか。これは roped-shoulder 又は buiit-up-shoulder と言い、英国風の特徴の一つです。Manica-Camicia (シャツ・スリーブ)とは、この袖の付け根がシャツのように「くしゃっ」とシワがよっているものを言います(縫製用語のシャツ・スリーブとは意味が違います)。
毛芯
毛芯とはまさしく服の芯で、バス毛芯とキャメル芯が普通です。毛芯そのものは基本的に羊毛(ウール)で出来ているのですが、他に何の毛を織り込むかで分かれます。バス毛芯は前にも書きましたが、馬尾=バスを使った毛芯ですね。従来は毛芯と言えばバス毛芯でしたが、最近はキャメル芯が主流です。
キャメル芯を使った場合、非常に柔らかい風合いになります。右の写真は最近納めさせて頂いたものですが、柔らかそうではないですか?。それでもちゃんと毛芯が使われていますから、身につければピシッとシワなどよりません。最近はほとんどの方がこのような毛芯を好まれます。【拡大図】
これに対して、バス毛芯というのは、もっと重く、頑丈なイメージが出てきます。以前、イタリアスーツが流行する前、オーダーの服は「鎧のようだ」として敬遠される方がかなり見えたのですが、そのようなイメージになる事が多いです。男性的な厚い胸元を強調しやすい、硬派な服ができます。英国調の極めて美しいシルエットを作るのであれば、勿論、バス毛芯を使わなければなりません。
しかし今回のイタリアの提案でも、まだバス毛芯は一部の好事家に好まれただけだったようです。ただ、当店ではそれなりにバス毛芯のものも出ており、私も最も最近作ったものはバス毛芯を使用しました。
靴について
靴も少しだけ書いてみます。あまり詳しくはないのですが、私の知る範囲で。
ロング・ノーズ
ロングノーズは足の甲の部分が長いものを言います。ノーズ、つまり甲の部分が長いか否かを言う言葉という訳です。今後はこのロング・ノーズが流行する可能性が高いという訳です。
ラウンド・タイプ
つま先の部分の形状についてです。足の親指が中指の方に丸まり、足の人差指(?)の部分が最も長くなっているものを言います。伝統的な形状ですから、全体的に英国調に回帰する傾向がある以上、これが流行する可能性が高いのは当然でしょう。
round-type = 丸形 と言った方が簡単かもしれませんね。
スクウェア・タイプ
他方、スクウェア・タイプは square-type ですから角形ですね。足の指の長さに関係なく、四角の形です。モード系ではロング・ノーズのラウンド・タイプ又はスクェア・タイプが流行する傾向にあるという訳ですね。
今後の流れ
無論、これらは2003年の6月にイタリアでなされた最新の春夏の提案ですから、日本に直ぐに大々的に波及するという事はないでしょう。婦人服の流行と異なり、紳士服の流れは大変ゆっくりとしたもので、一つの明確なデザインから別の明確なデザインに移行するのに10年くらいはかかります。
ただ、このような提案が出ている事、更にイタリアン・クラシコが特に日本で極まった様に思えることから、今を境に徐々に英国調に動いていくという事でしょうね。デザインが大きく変わるときというのは、社会の状況が大きな変革局面を迎えている事が多いです。日本も世界も、今がちょうど、転換の時期と言えるのかもしれません。