これがブランドの仕事か?

接着芯の剥がれ

前回、について書きましたので、その補足です。接着芯についてです。今回、写真が多くなってしまいましたので、少し重いかもしれません。ご容赦下さい。

以前、当店でも修理を行っていると書いた事がありましたが、ほんの数日前、某国会議員さんが服の修理に見えました。しかし、その服が、余りと言えば余りに酷い。そのブランド、私は知りませんでしたが、ドイツの H.B.社 というそうです。1923年から営業している、いわば老舗なのかもしれません。生地の供給は Cerruti の Super120 です。生地は滑らかで、縦織の洗練さと高級感はありますが、しかし、その仕立てたるや最悪です。

値段が幾らかは判然としませんが、調べた範疇では大体13万〜15万という所のようです。嘘でしょう、8万でも高いです。半分の値段で青山やトリイで買った方がよっぽどマシです。

look chicken

赤い丸で囲った所が、問題の部分で、右は拡大図です。ピントがずれているのではっきりしませんが、まるでトリハダのようにぼつぼつが沢山出来ています。

これが接着芯のハガレです。汗をかかれたか、雨で濡れたのかもしれません。接着芯の場合、濡れただけで接着剤がはがれてしまい、生地と芯の間が浮いてきてしまいます。ジャケットの面なのに、毛玉の浮いたセーターのように見えます。写真、しかもピンボケの写真でこうなのですから、実際はとても見れたものじゃありません。実寸ほどの大きさの写真は(やはりぼけていますが)こちらにあります。

breast

右の写真は胸ポケットの所です。ここにも泡のようなぼつぼつが散っています。現物では一目見てわかる程の代物です。

しかし、どうしてこんな服を、日本の代表者たる国会議員さんに売ったのか。しかも有力議員の方に!。一体全体何を考えてるんでしょう。この業界は確かに詐欺まがいが横行しやすいですが、それにしたって、酷い。十数万でこの程度とは・・・。これだからブランドは信用できません。別にデザイン性が高いわけでも無いのに。

アイロンをかけると

このように接着芯の服は、とんでもない欠陥を露呈する事がありますが、接着芯ならではの修理方法があります。

chicken iron

左は、上記、接着芯の剥がれたジャケットです。右は、それにアイロンをかけただけです。これが同じ服かと言う位に違って見えますが、これも接着芯の特徴です。

接着芯は接着剤で生地を止めますから、折り紙を糊で貼り付けたのと同じです。折り紙をアイロンで折れば、奇麗になりますが、それと全く同じです。

この場合、接着剤が浮いてしまっていますから、それをアイロンの熱と重みで、もう一度貼り付けた事になるわけです。

ただ自分で直そうとするのは止めて置かれた方が無難です。服のシルエットや曲線を接着剤で作っているだけですから、一旦浮いてしまった接着芯の服に、「真っすぐ」アイロンをかけると、服が完全に折り紙のようになってしまいます。もし必要がある場合には、お近くのテーラーにご相談されると良いです。チェーン店の修理店では、少し心許ないと言わなければなりません。

芯のへたれ

H.B.社 さんに恨みがあるわけではありませんが、よりによって国会議員さんにこんな服を売った事が許せませんから、最後にもう一つだけ酷い点を書いておきます。ポケットの部分です。

pocket
old

このポケット、見苦しくありませんか。実寸で大体1.5cm程、真ん中が開いてしまっています。まるで閉まりの無い口の様です。これはただ吊るしただけの状態で、特に何も触っていません。このポケットにはフタがありませんから、この状態がそのまま人の目に触れます。

このような事が起こるのは、芯がへたっているからです。芯でジャケットのシルエットを確保するのですが、その機能が殆ど失われてしまっています。この服はそんなに古いものではありません。それにも関わらず、このように芯が芯として働いていないと言うのは、これも酷いと言わなければなりません

old2

下の服も殆ど同じ価格のスーツです。というより、手縫いですが15万円もしません。この服のポケットはフタがあるのですが、中に押し込んであります。ですから、ポケットの周辺が少し引きつってしまっています。それにも関わらず、上のように開いていません。これが正しいのです。

吊るされて奇麗な服

高いだけで限りなくインチキに見える服ですが、(勿論、良心的なブランドは除いて)ブランド商品では別に珍しい事ではありません。生地はセルッティという一流どころから買い付けているのですから、このブランドの仕事はデザインと縫製だけです。しかし十数万も要求してこの程度のデザインと縫製ですか・・・。

このような服は、上記のようにアイロンで簡単に整形できます。機械でプレスして、売り場に並びます。ですから下手をすると手縫いよりも奇麗に見えることがあります。そんなに奇麗に見える服にも関わらず、芯が剥がれてゴワゴワになるとはなかなか想像も付きません。それを高級品を標榜して黙ったまま売るとは。

H.B.社はドイツのブランドだそうですが、ドイツくんだりから、こんな商品を掴ませるために日本にやって来るとは、いい加減にしておかないといけない。私はテーラーとして、青山やトリイのような服は全く好みませんが、それでもこのような高価な服が大手を振って流通する位なら、青山やトリイの応援をします。このような仕立てが「高級品」として通る事が許されるのなら、高級品など不要ですね。

神は細部に宿ると言います。見えない部分、紳士服のジャケットで言えば「芯」、このような部分を疎かにするのは、褒められた仕事ではありません。幾ら値段の折り合いが付かないからと言って、家の土台を手抜きする建築家が軽蔑され、非難されるのと同様です。ここまで芯を疎かにした服は軽蔑され、非難されて然るべきでしょう。

こんな事を書いたら「直ぐに訴訟を起こされるよ」と心配されましたが、私どものような小さな店舗を訴えるとは思えませんし、
知り合いの業者さんにもやめた方が良いと心配されました。実名を挙げるのは止しにします。しかし訴訟を起こす暇があれば、「品質」を上げる努力をするべきです。あくまでブランドならば、良い商品を作ってお客様方に自慢できるものを流通させて下さい。それが品質とデザインの牽引役たるブランドの使命です。

2002-2004頃