一見奇麗な曲線(縫目)

一見奇麗な曲線(縫目)

前回は着物と紳士服の違いが曲線の扱いに違うと書きました。今回は曲線を出そうとする、紳士服と婦人服の違いについてです。紳士服でも婦人服でも基本的な構造は同じです。しかし一点、非常に大きな考えたかの違いがあります。婦人服の場合、目指したシルエットを出すためには、他の殆どの制約を無視しても構わないと考える点で、紳士服と大きく異なります。

球

前回、紳士服と着物では曲線に対する考え方が違うと書きました。しかし丸いものに平面を当てるのは、非常に困難です。このまま球に添わせればシワだらけになってしまいます。この球をとりあえず女性の胸であると考えてみてください。これに布を奇麗に添わせるには色々な方法がありますが、とかく女性は胸の大きさや形を強調したいものですから、この体の形を隠したり弱めたりしては、ご婦人方の意にそわない結果になります。

男性の場合も、女性ほどではありませんが、胸板の厚さがあり、この厚みを強調した服を作るのが一般的ですから、同じ問題を抱えています。しわにならずに、この曲線を強調するにはどうすれば良いか。婦人服の場合の答えは端的です。切れ目を入れてしまいます。

立錐

中学生の頃、展開図というものを習いませんでしたでしょうか。平面のものを立体するには、展開図を書いて、どこかに切れ目を入れれば簡単です。布に切れ目を入れて繋げると、円すいになりますね。

婦人服の胸の丸みを出す方法は、言ってみればこれと同じ考え方です。胸に当たる部分の布地に切れ目を入れて縫製すれば、簡単に胸の部分の丸みや厚みを出す事ができます。しかし、無論の事、この方法を採用すると、縫目が入ってしまいます。

dress1

例えば左図はごく一般的なウェディング・ドレスです。このドレスの女性の胸元の部分を見て下さい。そこに胸から腰にかけて縫目(ライン)があるのが見えるでしょうか。

これを通称プリンセス・ラインと言います。プリンセス・ラインをAライン型のドレスの形態の事を意味すると思われている方も見えますが、プリンセス・ラインは縫製用語です。この胸から裾に渡る二本のラインを言います。このラインが入る事によって、胸の形や丸みを奇麗に出す事ができます。

しかし紳士服の場合、このようなラインを入れて丸みや曲線を出す事は『許されていません』。婦人服の場合は曲線やシルエットを美しく出すために、凡そ無制限にラインを入れる事ができますが、紳士服の場合、このようなラインが入る事は伝統にありませんし、大変に嫌われます。

紳士服と婦人服では、この考え方の点で決定的に違います。いかに少ない縫製で目指すシルエットを出すのかという、ほとんど無理な事を職人の技術研鑽で解決しようとするため、このスーツやジャケットに職人集団が現れるわけです。このため、テーラー技術日本一を決める高松宮賞という賞がオーダースーツの世界にあるわけですね。これに対して婦人服の場合は、技術よりもデザインやセンスの方に明らかに力が入っています。

ただ紳士服の場合も、既製品とオーダースーツではこの技術の有無が如実に出てしまいます。

2002-2004頃