ポッツ氏の洋服 2
印象
C: Barks 2008/04/29, 波乱万丈のオペラ歌手:ポール・ポッツ、日本上陸
前回の続きです。ポッツさんの洋服につきまして。写真が少し分かり難かったので、コントラスト比を無理矢理上げる加工を行いました。
細かな具体点はさておき、この姿をご覧になって、「ざっと」どういう印象があるでしょう。特に前回のABと比べると、どういう印象,イメージをお持ちでしょうか。
恐らく、ABに比べると「非常に印象が薄い」イメージではないでしょうか。何処にでもありそうな、ちょっと恰幅の良い体型の方、という印象だと思います。全然面白くありません。
オーダーに慣れた方でしたら、「Vゾーンを深くした方がエレガントな印象じゃないか?」と思われるかもしれません。
「袖丈がやっぱり気になる、もう少し短い方が清潔感がある」と思われるかもしれません。「もう少し前を長くした方が」と思う方も見えるかもしれません。
「ジャケットなのに生地がツマラナイ、もう少し凹凸感のある生地が良い」という感想かもしれません。「全て同系色というのは如何にも」と思われるかもしれません。以前「体に合っているだけの服」は、とても大きな意味と価値があると書いたことがありました。実はこれがその理由です。
サイズがあっているに過ぎない服が全ての始まり
印象が薄いというのは、特徴や主張がないと同時に「違和感も少ない」という意味でもあります。洋服で違和感を作る最大の要素が「サイズのずれ,体型との不一致」です。ずれや不一致があると、それだけで窮屈/だらしないという違和感,不快感が出て来ます。
流行はサイズを強制的に変更することで、印象の変化を生み出す手法が多数です。過去のアルマーニの流行や、少し前の超タイトなスタイルを連想して頂ければ、分かり易いと思います。本来のバランスを「意図的に崩す」のが流行です。
そのため、単に体型に合っているだけの服は、もっとも詰まらない服でもあります。各テーラーは、頭の中にサイズだけがあっている最も普通の服/ツマラナイ服のイメージを持っていて、しかも「それが最も美しい」とすら思っています。そのイメージとの距離で流行を判断したり、印象を変化させる根拠にします。丁度、服をお仕立てする時の「一番大事な物差し」です。
実はイタリアのテーラーが日本的なスーツを作れなかったり、日本のテーラーがイタリア的なスーツを作れない理由もここにあります。
「頭の中に入っている理想的で最も美しい普通の服」のイメージが大きく違う上に、経験を積むこと = そのイメージを強固にすることでもあるためです。
ABはサイズがずれていたり、流行を取り入れているため、ABという服が主張する「意味」は非常に複雑です。「生地,サイズ,デザイン,縫製,バランス,流行」どれが原因か、よほど慣れないとその切り訳はとても難しいものになります。サイズにあっているだけの最もツマラナイ洋服は、一度だけでも経験しておくと、きっと洋服に良い知見を持てると思います。
更に体型にあっている
C
とても長い閑話休題でした。この服は随分とバランスが良くなっており、恐らくオーダーメイドです。サイズ的にも無理がなく、見ていて違和感が随分少なくなりました。但し、気になる点も何点かあります。
以下の点が非常に目立ちます。
- 1. 袖丈がまだ少し長いです。若干短めにした方がバランスも良くなります。
- 2. 右胸だけにシワが溜まっている = 右胸だけ前丈が不足しています。左右を同時に裁断したためかもしれません。体に奇麗に合っているとは言えません。
- 3. 右裾が跳ねています。また左裾はドレープが波打って泳いでいます。これは余り良くありません。
- 体型の印象を緩和するため、Vゾーンはもう少し深い方が良い。全体として重心が高い。
トータルとしてみれば、腰 5. は絞れており、胸と裾のドレープ(湾曲した曲線 4.)も効いていて、ABよりサイズとして無理もなく、縫製も優れいています。
但し、ABと比較しては優れていますが、オーダーとして優れているかというと、正直な所…今一つです。
もっと更に体型にあっている
D: 左 Forgotten Journal 2007 07/09, bandit.fm Classic
E: 右 Tenor Potts grabs US record deal
この2着が同じ服かどうかは分かりませんが、ABCの中で段違いに奇麗に出来ています。体に最も合っており、ポッツ氏の難しい体型を考えれば、非常に良い服です。間違いなくオーダーメイドです。
ここまで来てしまうと人よりも恰幅が良いことさえ、はっきりと分からなくなってしまいます。お腹が目立つということもありません。左側など滑らかでボリュームのある胸の作り、窮屈さを感じない立ち居で、堂々とした貫禄と頼もしさを感じないでしょうか。サイズとしてもABC中、最もゆとりが多くあります。
このような印象は、痩せた方には作り出し難い印象です。恰幅の良い方は、その恰幅の良さを堂々たる魅力に変えてしまうことが可能です。但し、それを行うには「体型,サイズがあっている」のが必要不可欠です。
風采という意味で、「体型を無視して最新の流行を意識した」ABと「体型のみを考慮して流行を無視した」DE。どちらの風采に魅力を感じるか、それはもう如実という見本のような気がします。