年齢とコーディネート2

日本人が年を取ると欧州人に近づく

前回の続きになります。前回は顔付近のコントラスト比が高い = 白黒はっきりしている = 若い場合と、コントラスト比が低くなった場合の比較でした。いわゆる「無難な」服である場合、若い時には確かに「無難」ではあるものの、若さをある程度失うと、同じように無難な服では野暮になってきます。元からコントラスト比の低い欧州人よりも、この変化は大きくなります。

しかし、手がないわけではありません。年齢に比例して「欧州人と同じようにコントラスト比が低くなる」のですから、欧州人の行い方こそ似合うという帰結になります。逆に言えば髪や眉の色が「赤,茶,金」、目の色が「黒くない」方に似合っている服を、そのまま高コントラスト比の日本の若い方が着用しても無理があることになりますね。スーツに限らずカジュアルでも同じです。

当然、逆もそうです。コントラスト比の高い日本の若い方と、コントラスト比の低い欧州の方が、同じコーディネートで最適になるということはありません。服というのは存外、普遍的ではなかったりします。

胸をはだけたジャケット姿

図1. はだけたジャケット

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赤いジャケットは攻撃的です。無難な服とはとても言い難いものがあります。更に胸元を開けて素肌を見せると、更に攻撃的で色気が出て来ます。

もし若い方が行った場合、コントラストの高い顔周辺の部分と、ジャケットの部分の間にある空白に視線が集まります。つまり胸元です。何もしなくとも胸元に視線が集中します。

他方、コントラストが低い場合、単に開けただけでは「マネキンに服を着せた」ように服だけ目立つ印象になります。髪を染めた場合や欧州人の方は「グレー」ということもありませんが、やはりコントラスト比が下がっていますから右の印象に近づいて行きます。

しかし例えば、こうしたらどうでしょう。コントラストが低くなっているので、アイテムや「ひげ」などで、コントラスト比を上げてしまいます。

小物を使って集中させる

図2

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図2はかなり極端です。胸元だけに目が行きすぎて外れですが、「視線が胸元に集中する」ことが実感できると思います。殆ど下品の一歩手前ですが、「胸元に視線を集める」ことは実現できました。視線が集まる理屈さえ分かれば、色を変えるなり、面積を変化させるなりして足し算引き算すれば、上品なものに近づいて行きます。

ちょい悪オヤジのコーディネート方は、頻繁に小物を使いますし、それが非常に重要だったりするのはこういう訳です。どなたか「眼鏡,マフラー,ヒゲ」を取り揃えた俳優さんが見えたと思うのですが、それはこういう調整を行うためなのでしょう。そして、その小物は「視線を引き寄せる,或は引き寄せても問題ないもの」である必要があるため、必然的に高級品指向になったり、バリエーションが必要になったりします。

他方、これと同じコーディネート方を「顔周辺の高いコントラスト比」を無視してそのまま若い方が導入すると、煩い/鬱陶しい/清潔感がない/ゴチャゴチャしているという印象が出て来ます。こんな風に若い方には不必要、或は似合わないコーディネート方だったため「ちょい悪オヤジ」です。そして、同時にこれはトータル・コーディネートであるため、全体のバランスを揃えることがとても重要です。一品豪華主義では、ちょい悪にしようがありません。

勿論、過ぎたるは尚及ばざるが如しで、やりすぎれば「完全ワル」になったり、「下品」になったりするので「ちょい」です。スーツでも同じ理屈なのですが、ディティール,細部が多くなればなるほど、ゴチャゴチャとしたまとまりのない印象になります。

もしかすると、だから「ちょいワルおやじ」はイタリア

顔周辺のコントラスト比が日本の若い方よりも低い傾向が強く、背丈や体格が日本人に似ていて、尚かつ(洋服の)服飾センスが良い国、それを考えるとイタリアしか思いつきません。

日本人は年を取ると顔周辺のコントラスト比が下がり、その意味では欧州人に近くなります。長い歴史に渡って高度な服飾センスを磨きつつ、尚かつ日本人にも参考可能でお手本に出来る存在としては、まさにうってつけです。だからこそ、ちょいワルおやじ = ジローラモ氏なのかもしれません。背丈体格は日本人に似ていて、髪は若い日本人ほどには真っ黒ではない上、量も余り多くなく短髪で、肌も白くありません。顔周辺のコントラスト比は低いです。

しばしば「流行は作られる」言われてしまいますが、実際の所、業界や業者は流行を決して作れません。既にあるその時々の空気や雰囲気を「上手く形にしたものが流行して」いるだけです。雑誌さん方も「空気」をいつも探していて、上手く合致させて紹介すれば流行します。

日本人の平均年齢が上がって、ちっとも昔ほどには年を取った気がしない(私もです)中、若い時と同じように服を楽しみたいという欲求が広くなり、「年を取ると実は日本人は欧州人のコーディネート方が似合う」ということに多くの方が気がついて、ちょいワルおやじになったのかなと、そんなことを思っています。

言葉はもう死んでしまったにせよ、その言葉が世の中に広めてくれたものは、とても良いものでした。

2009.04.13