なぜシャツにオーダーがあるのか

シャツは延びない

ウール生地のくせ取り

獣毛生地は良く延びます。これはアイロンワークの前後です。赤線部分が大きく湾曲しています。

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延びるというのは獣毛それ自体の特性でもありますが、織り方/糸の作りなどでも延びる程度は大きく変わってきます。

知人から少しかわった質問を頂いてしまいました。シャツは構造がシンプルで、素材もあまり選択肢がないのに、どうしてオーダーが存在するのかというものです。...思わず絶句してしまいましたが、そういえば、雑誌などを見ていても、理屈優位の説明/紹介はあんまり見ないような気もしてきました。ということで、今回はシャツオーダーの必然性につきまして。

シャツは下着の一種であるだけに、確かに構造はシンプルです。素材も綿か麻で、獣毛地に比べると選択肢の幅は狭いかもしれません。ただ、逆説的ですが、この二点、構造がシンプルで素材が綿か麻、というのがむしろオーダーが必要になる理由です。

理由はいつだって単純です。綿や麻といった植物繊維には、それ自体に伸縮性がありません。シャツ地では獣毛のように強撚にして組織で伸縮性を出すということもできません。構造もシンプルですから、工夫する箇所も限られています。ということは「小さすぎては致命傷」になる理屈です。シャツはとにかく「小さくてはいけない」が大前提です。

首で寸法を合わせたものの

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裄丈は荒っぽく言えば「肩幅/2+袖丈」です。実際には首の付け根から始まり、腕の最も外縁の長い部分を通り、手首までの寸法です。

図1.同じ身長(着丈)だとしても

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首の太さと体型には大して関係がないので、色んな体型や体格がありえます。

表1.某メーカーのサイズスペック抜粋

-SSSMLLL3L4L5L
衿廻3637394143454749
肩幅4143454749515353
着丈7778798081828384

着丈1cmに対して肩幅2cmで増加します。これは「そういう骨のバランスの人」にあうシャツです。筋肉のつきかたや恰幅は考慮の外にあります。

特に小さくてはいけないのが首回り(衿回り)です。小さければ息苦しくてたまりません。他方、ネクタイが前提となっているので、大きすぎれば不格好極まりありません。誰もが首で寸法を合わせます。シャツの寸法は首回りが基本です。

ここでいつもの問題が起きてきます。既製服の寸法は割り出しですから、首回り寸法に従って、着丈,裄丈,胸回り,胴回りが自動的に決まります。首回りが大きいと、体全体が大きいものと看做されます。

でも、実際にはそんなことあり得ない訳です。首の太さと体格体型は、大して関係ありません。首の太さは「指」と同じで、体全体に占める変化の割合がとても小さい。その小さな部分を捕まえて割り出すんですから、基本、無理があるわけです。例えば、図1のようにABCDが同じ身長の4人の方がいるとします。Aが標準寸法の方だとします。

デスクワーク主体で、ちょっとストレスフルな生活を送っていると、お腹周りに肉がつきます (A2)。お腹の寸法が足りません。お腹が窮屈、シャツもストレスフルです。これを解消するには「首回り」の寸法を上げなければなりません。首元が余り、ネクタイが決まりにくくなります。同時に「着丈,袖丈」も長くなります。胸回りも余るようになります。あちこちごそごそして、ジャケットの袖からやけにシャツが見える、なんてことも起きます。

他方、若い方や運動好きの方(C)は、体幹がしっかりしている関係上、体に対して首が太くなりがちです。すると、Aよりも首回りが太いことになりますから、Aよりもワンサイズ大きな首回りにしなければいけません。自動的に身長が伸びたことになります。鍛え方の程度によっては、相当に大きくなっていきます。どこもかしこも余ります。ごそごそです。やっぱりジャケットの袖から、シャツがやけに飛び出す、なんてことが起きます。

(なんだったかの小説で、体を強靭に鍛えた洒落者という設定でありながら、既製服のシャツを買うという描写を見かけた記憶があります。これはもう"洒落た"という設定が崩壊しています。)

逆に細い場合はどうなるか。Aよりも首が細いBの方は、自動的に身長が低いことになります。今度は、どこもかしこも足りません。丈は短くズボンから飛び出たり、ジャケットの袖の奥にシャツは引っ込みます。これを回避するには...、やっぱり首回りを大きくする必要があります。

シャツは「大抵の場合でひどく鬱陶しく"なりがちな"」代物です。シャツは下着で肌に密着するだけに、ジャケットなどよりも、不快に対する許容範囲が狭くなります。大抵はどこかが大きく、どこかが窮屈です。

それでも何とかなってしまう方が多いのは、統計に基づいたサイズスペック(とてもお金がかかる統計情報です)のお陰だったり、比較的安価なので諦めやすかったり、シャツはそんなもの、という感覚のせいかもしれません。

良いシャツはそもそも贅沢

とは言うものの、本来は許容範囲の狭い服です。子供は正直なもので、不快なシャツは絶対着ようとしなかったり、破れるくらいに引っ張ってべろんべろんにしたりしますね。良い生地, 良い寸法のシャツに出会えたら幸いです。もう変化させたくありません。しかも植物繊維は、ある程度身につけて、生地が柔らかくなると更に快適です。なおさら変化させたくありません。それを固定するためにシャツのオーダーや良い縫製があるわけです。

良いシャツは基本的に贅沢な代物です。イタリアでは「良い生まれ」を「シャツを着て生まれた / essere nato con la camicia」とも表現するようですが、本来の意味はさておき、言い得て妙な気がしますね。

話は変わるのですが、シャツにとっての縫製はそのようなものなので、良いシャツの縫製はとても柔らかいのに丈夫です (良い縫製はなんだってそうです)。一昔前、テーラーに頻繁に向けられた指摘に「テーラーは馬鹿である, そんな丈夫なものを作ったら買い替え需要が起きないではないか」というものがありました。被服業界の内外を問わず、それはそれは頻繁に指摘されたので、この考え自体が流行だったのかもしれません。

一理あるかもと頭を掠めつつ、やはり「良いもの/良い素材を使って短寿命では勿体ない」という感覚の方が自然な訳です。技術のみならずデザインも大事です。デザインが悪ければ「惜しくない」とやっぱり廃棄されて短寿命になってしまいます。寿命を長くしたいからこそ、デザインへの欲求も出るような気がします。

紳士服の世界は、デザインや流行の面白みも勿論大事ですけれど、「スタイルを固める、それを維持する」という点も非常に重要/本質の一つだったりします。そのお手伝いが出来ましたら、やっぱり私どもにとっては真に幸いです。

2014.8.4