数字でデザインを伝える
ウェスト半身上がり
現物なしで大まかなデザインをどう伝えるのか、これはなかなか難しい問題です。実際に消費者の方でも悩みはつきませんようで、某雑誌か何かには「ウェスト半身上がり(1/2ウェスト,W半身)」を把握しておくのが良い, 上級者は把握しているとあったそうです。これは何なのかとご質問を頂きました。
…寸法の話です。例によって例のごとく、とても厄介です。どうして雑誌に載ってしまったのか、ちょっと恨めしい。少し専門的で、うまく説明できるか不安ですが、挑戦してみたいと思います。
数字で大まかなデザインを伝える
ジャケット型紙の略図
服は裁断→縫製の順序で仕立てられます。テーラー間では裁断の結果である「型紙」を見れば、少なくともデザインは読み取れます。
ただ、型紙はデザインだけではなく、縫製手法に関する情報も含んでいるので、既製服メーカーやイージ・オーダー, パターン・オーダーでは100%門外不出です。企業秘密そのものと言っても良いかもしれません。
また、型紙では情報量が多すぎて流通現場では不便です。そもそも読む必要がありません。イージ・オーダー, パターン・オーダーも、型紙などの裁断知識なしで受注できるシステムですから、型紙が読めなくとも致命的ではありません。
かといって、イージ・オーダー, パターン・オーダーでは、そのスーツのシルエットや大まかなデザインを現物なしで把握する必要が出てきます。既製服の世界でもバイヤーさんなら必要になり得ます。その際に参考になる数値が「ウェスト半身上がり(1/2ウェスト,W半身)」と「ドロップ」と呼ばれる寸法です。
ウェスト半身上がり (W半身,1/2ウェスト)
図1. ウェスト半身上がり
図2.
「上がり寸」とは、仕立て上がった完成品の寸法、つまりその洋服の実寸のことです。半身とは文字通り1/2のこと。つまりウェスト半身上がりとは、完成品の胴囲を1/2にした寸法のことです。
なぜ半分なのか、理由は単純です。右半身/左半身を分けて裁断するため、その方が裁断〜縫製現場ではピンと来るからです。ウェスト半身上がりを2倍すれば、ほぼジャケット胴囲の実寸になります。
ちなみにジャケットでウェストという場合、図1のように胴の部分を指します。取り違いやすいため、特に「中胴, ジャケットウェスト」と言うこともありますが、今回は胴(胴囲)で統一したいと思います。
ジャケットの胴囲実寸が分かると何が分かるか。まず勿論、胴の絞り量が分かります。図2.1が着用者の実際の胴囲実寸、図2.2がジャケット胴囲の実寸ですから、その差が出ます。つまり、そのジャケットの絞りに見当がつくことになります。
また、もう一つ分かることがあります。既製服でも胸囲は三元表示の要素の一つです。胸囲に対してジャケット胴囲の実寸が分かりますから、胸から胴に掛けての絞りの勾配の見当がつくことになります(図2.3)。
このように、ウェスト半身上がり寸を把握することで、胸囲に対する腰の絞りの様子や程度を、現物なしで把握する参考に流用できます。そのため、ウェスト半身上がり寸を把握しておくと、注文時にデザインを伝達しやすい、ということにはなる…かもしれません。
ただ、ウェスト半身上がり寸で分かるのは、上半身の上半分だけです。そのため、通常ではこの数字単体で使うことはなく、フル・オーダー以外では更にドロップと呼ばれる寸法がとても重要になります。
ドロップ
ドロップは「胸囲に体する」、胴囲/尻囲との差寸のことです。例えば胸囲が94cmに対して、胴囲が77cm, 尻囲が96cmの場合、ドロップは 胴囲-17, 尻囲+2 となります。面倒ですから、通常は W-17, H+2 などと表記します。
- | - | Y, W-17, H+2 | 三元表示の場合 | ||||
胸囲 | 肩幅 | 着丈 | 袖丈 | W半身 | 胸囲 | 胴囲 | 身長 |
94 | 44.5 | 74 | 59.6 | 48 | 94 | 77 | 173 |
図3.
ドロップは、その服が想定している「体型」を意味します。既製服などで 「Y,A,AM,AB,B,O」体という表現を目にしたことがあると思いますが、この分類の元になっている数字がドロップです。上の表では W-17, H+2 ドロップの方はY体になる理屈です。
ウェスト半身上がりの情報にドロップの情報を組み合わせると、更にシルエットの情報が増えてきます。例えば表1のような情報が与えられていれば、胸囲94cm,胴囲77cm が分かることによって、胸囲94cm,胴囲77cm,尻囲96cm,着丈74cm,ウェスト半身上がり48cm(ジャケットの胴囲実寸96cm)と分かります。
尻囲の情報が増えれば、ジャケットの裾部分の広がり(図3.4)や、胴からの勾配に見当がつくようになります(図3.5)。もし数字が読めれば、この服は「少し華奢で痩せた体型を想定したデザインで、腰の絞りが甘い、少し前のオーソドックスなシルエット」をしていると見当がつくことになりますね。
要するにドロップとは、着用者の「体型」を類型化するために用いる寸法で、その体型の情報に腰の絞りを表すウェスト半身上がりの情報があれば、シルエットを想像するために流用可能ということに…なるかもしれません。やっぱり歯切れが悪いです。
逆向きに考えてみる
…全然、うまく説明できた気がしません。逆向きに、既製服やイージー・オーダー、パターン・オーダーの採寸者の立場で考えてみた方が分かりやすいかもしれません。
図4. 体型と型紙
A,A'とB,B'はサイズが全く違っていても同種の型紙
A,Bはサイズが似ていても異なる種類の型紙
例えば目の前のお客様を採寸した結果、胸囲が94cm, 胴囲が85cm, 尻囲が98cmだったとします。その際、ドロップは胴で-9cm, 尻で+4cmです。W-9, H+4 と表現します。W-9,H+4といったドロップは「体型」を表しています。胸囲が何cmだろうと、差寸がW-9,H+4なら同じ体型として把握します (図4)。
そこから、最も近い体型を想定しているパターンを探します。探した結果、この体型に一番近いパターンは、Y洋服のAB体類型(W-8,H+5)に近いと分かったとします。その中で胸囲94cmのものを探します。
すると、そこではW半身51.3cmと記載があった。つまりこのジャケットのジャケット胴囲実寸は102.6cmだと分かります。つまり「ちょっとぽっちゃりした体型か一般的な40歳くらいの体型」で、「腰の絞りが甘い」シルエットの印象があるだろうと推測がつきます。ここから補正を行うのがイージ・オーダー, パターン・オーダーです。
パターン・オーダー等は途中まで裁断が行われていると言うこともできます。そのため、補正からは裁断知識の有無で、出来上がりが大きく変わってしまうことがあります。
但し、この数字から得られる推測は、実は「大まかなデザイン傾向」が分かっている時だけです。例えばA洋服, B洋服のジャケットで、たまたまドロップ/W半身が完全に一致したとしても全く別のデザインであることがあります。ドロップはデザインが変われば変わってしまう流動的なものです。
本来の使い方と指定してしまうことの危険性
ウェスト半身上がりもドロップも、共に裁断〜縫製現場の数字です。流通現場ではバイヤーさんなどが使うことがありますが、「この服のデザインは良いね、ほー、それでこのドロップに1/2ウェストか、いいね面白い、随分変わってきたなぁ」という感覚で使ったりします。
なんだかうまく言えずにもどかしいですが、「具体的なデザイン/シルエットと体型との関係性」を大掴みできる数字と言えば良いのでしょうか。関係性の数字なので、ここを変化させるとかなり広汎に影響が出てきます。
また、縫製現場で直接用いられる数字であるため、それを指定してしまうと「本当にその寸法」であがってきます。全体のデザインバランスやディティールとの関係を全部無視して「その寸法」であがってしまうので、消費者の方が直接裁断に手を出すことと同じことになり、その意味ではとても危険です。
ウェスト部分の上がり寸は、裁断の結果といった方が近いかもしれません。体型や具体的な寸法、お客様のデザイン,着心地の好み、補正などの結果、欲しいラインが出てきます。そういった裁断の目的を実行しようとした結果に「出てきてしまう」タイプの寸法とも言えます。そのため、最初にこの寸法を指定すると、本来のあり方の「逆順」になってしまうわけです。
使える状況
そういうものであるため、ウェスト半身上がりを直接指定してしまうのは、あまりお勧めしません。現状の種々の状況を考えると、使い得る状況は
- イージ・オーダーかパターン・オーダー
- 同じお店で以前に作ったことがある。
- 以前と同じデザイン,シルエットである。
- 以前の当該デザインについて、寸法や補正に変更は要らない。
- 具体的な絞り量を厳密に指定したい
このような場合だと思います。ただ、現物を持って「これより絞りをキツい感じで」と言った方が、よほど安全に伝わります。やはり使いどころの想像がつきにくい数字ではあります。
…かなりややこしい更新になってしまいました。どうにも寸法は厄介です。僅かなりともご参考になりましたら幸いです。