逃げるズボンを追いかける

実は良くできている既製ズボン

東京へ伺う際、滅多に機会はできないのですが、百貨店やショップを巡るのが楽しみの一つです。新しいデザインや提案、実験的な服が掛かっていたりと、とても楽しく過ごせます。面白いものは盗んでやろうと、確信犯的ウィンドウショッピングの罪悪感を隠しつつ、ふらふらと眺めている姿はきっと不審者のそれです。

ところで、ショップや百貨店の商品は多くが既製服です。既製ズボンはサイズさえ合えば、大抵の方が履けてしまいます。

ズボンのサイズ表示は、ウェスト・丈だけで、お尻のサイズ表記はありません。それにも関わらず、この2サイズさえ合えば、お尻の大きな野球選手でも、お尻の小さな方でも履けてしまい、さほど違和感がないのは少し不思議ではないでしょうか。

構造が単純なだけにズボンは良く研究されており、既製服ならではの工夫があったりします。今回はズボンにつきまして。

下半身の体型

図1 X脚とO脚

図2 前腰と後腰

図3 出尻と平尻

図4 余るズボン(既製服)

O/X脚: まずは、下半身の体型から。脚はPipe Stem(葦の茎)ではなく、多くの方がご存知の通りO脚とX脚があります。服飾の世界では、O/X脚(図1)に骨格のみではなく筋肉のつき方も含めますので、O脚がそのままガニマタを意味することはありません。筋肉のつき方も含むため、凡そ真っ直ぐな脚は存在しないことになります。

前腰/後腰: また、腰から下のバランスに前後があり、それぞれ「前腰/後腰」と呼びます(図2)。これも程度問題になります。真っ直ぐな人は滅多におらず、多かれ少なかれ前腰/後腰になります。ちなみに後腰は「うしろごし」と読みます。加齢すると「前腰/後腰」が極端になります。

出尻/平尻: お尻について「出尻/平尻」の別があります。ヒップサイズに占めるお尻の割合を意味するもので、出尻は大きく、平尻は小さくなります(図3)。加齢に従って「出尻→平尻」へと変化していきます。下半身の中心が(B→A)へと移っていくイメージです。

脚の体型は無いようでいて、少なくとも2x2x2=8通りの組み合わせが存在することになりますね。ここでやっとサイズの問題が加わります。それにも関わらず、なぜお尻の大きな方でも小さな方でも履けてしまうのか。

理由は端的で「極めて大きく作ってあるが、なるべく目立たないようにしている」ためです。尤も、目立たないだけですから、その積もりで見れば問題があることは直ぐに分かります。

体にあっていない状態の見分け方

余るズボン (既製服の場合)

既製服は大きく作ってあるのですが、その部分はもっぱらお尻です。そのため、お尻周辺にシワが出ます。但し、ジーンズと通常のパンツでは全く考え方が違います。

ジーンズの場合、お尻周辺のフィット感を強調したいので、ヒップサイズのぐるり(図4-B)を縮めます。但し、これでは余裕がありませんので、お尻の縦方向の余裕を増やします(図4-A)。結果、座れるようになりますが、多くの方はお尻の下部にシワがたまり易くなります。また、女性に顕著ですが、股上も浅いため、しゃがんだ時に下着まで見えます。…100年の恋も覚める風情です。

他方、通常のズボンの場合、お尻の下部にシワが溜まるのは非常に見苦しくなります。スーツであれば尚更です。そこで、大きく作っても目立たないように、お尻の縦方向を縮めて(図4-X)フィット感を出しつつ、お尻に食い込む気持ち悪さを緩和するため、ヒップサイズに余裕量を持たせます(図4-Y)。

結果、ヒップ周辺のすかすか感が出て、脚の側面にシワができますが、「ヒップのぐるり全体」に出るため目立ちにくくなります。一言でいえば「起こした上にプレスで緩和」となりますが、既製服特有の優れた工夫です。

他方、テーラーでは大き過ぎるように作ることはありませんので、あまり必要のない手法です。機械縫製のイージ・オーダーでは行われていることがあります。

逃げるズボン (オーダーメード、特に手縫い)

図5 逃げる線 (オーダー)

図6 O脚の外周と内周

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O脚の場合、脚の外側(A)の方が長くなるので、内側から外側に向かって力がかかります。

オーダーメードでは体型よりも過剰に大きく作ることはありません。そのため、体にあっているか否かはお尻の部分ではなく、裾の部分に現れます。

自然に立ったとき、折れ目線が足の甲に向かって真っ直ぐ流れれば、正しいと言えます。しかし図5の赤線のように、折れ目線が外へ流れた場合、これを「逃げる」と言います。

もっぱらO脚補正の不足が原因になります。O脚の方が補正のないズボンを履いたとき、折れ目線が、体の外に向かって流れていきます。青線は逆、X脚の方が補正のないズボンを履いたときになります。

日本人の場合、多くの方はO脚です(くれぐれもガニマタの意味ではありません)。O脚の場合、図6のように脚の内側よりも外側の方が長くなります。結果、余裕や補正が不足すると、外側の布が不足します。不足した外側に向かって布が引っ張られ、結果としてラインが外へ逃げるという現象になります。

仕立屋、テーラーにとって何が恥ずかしいかと言われれば、多分、多くの方が逃げるズボンを上げるかもしれません。そのため、サッカー選手のズボンがとても難しい理由の一つでもあり、頭を絞って腕を振るいます。

ズボンの追いかけ方

既製服の場合、大きめに作っても、大きいことを目立たせないという方向で工夫しています。これはこれで優れた工夫と研究です。他方、テーラーは最初から体に合ったように作ります。

言い換えれば、既製服では「失敗は運命だから被害を少なくする」という形で工夫し、テーラーやオーダーメードでは「いかに失敗しないか」という形で工夫をします。何だか服以外の色々なところで、この考え方の差があるような気もしますね。

服の要素は「デザイン,縫製,生地,体型考慮」です。既製服では体型考慮を捨てた関係上、残りが発達します。その発達はテーラーよりも優れたものであり易いです。百貨店巡りやショップ巡りの楽しさは、そういう工夫を探し出すことがメインかもしれません (今一つ感心しないものの方が圧倒的に多い現状ではありますが)。

…我ながら嫌なお客ですので、やっぱり罪悪感を隠しつつ、お店を覗いていたりします。

2008.4.03