くせ取り
シワでシワを取る
以前に少し書きました「くせ取り」ですが、ご質問を多く頂きますので、その詳細を更新してみました。どうぞご参考になりましたら幸いです。くせ取りは縫製の前段階に行う下処理です。主にフル・オーダーで行うのですが、その行う程度とタイミングは各テーラーによってまちまちです。
ズボンは右/左に各2枚、計4枚の生地で出来ています。写真は左足の「後ろ側」、ふくら脛の部分です。写真1は裁断生地、2はそれを畳んだものです。
裁断直後ですから、平らでどこも真直ぐ、ただ生地の切断線だけがカーブしています。
当然、人間の体は湾曲していますから、これをそのまま身を付ければズボンの方にシワが出ることになりますね。
ならば、布の方に「前もってシワを作ってしまえば」、身に着けたときにシワがなくなる理屈になります。
3は1,2と異なる生地(しかもジャケット背中部分)ですが、同じく「くせ取り」作業です。生地は縦横90度に交わる糸で作られていますから、45度、つまり斜めに力と熱を加えれば伸長します。
えいやえいやと遠慮なく伸ばします。結構きつい作業で、父は晩年、裁ち合わせにくせ取りは一日2着分が限界だとぼやいておりました。私はまだまだ何とか3着いけます。
4のように、十文字の形になるようにシワを作っていきます。これを畳むと5になります。2,5を比較すれば、生地がどうなったか分かりよいと思います。
5だと随分、人間の「足」に見えるようになりました。裾の方の丸い湾曲は「ふくらはぎ」です。上の方はお尻です。アイロン掛けで人間の体の線を作り上げていく作業が「くせ取り」というわけです。
勿論、この段階のアイロンワークだけでは、紳士服特有の奇麗なラインは維持できませんので、この後、この湾曲を維持するように色々と作業を行っていきます。
ジャケットの場合
ズボンに限らず、ジャケットでも勿論行います。一番分かりやすい(写真に撮りやすい)背中の肩甲骨部分の写真を撮ってみました。
6,7はジャケットの背中部分です。これを畳むと7です。ズボンと同じく、布はどう切っても布ですから、真っ平らに伸びています。それを畳んでも、やっぱり折れ目線は真直ぐです。
これに、上のようなアイロンワーク、「くせ取り」を行います。気張ってアイロンを掛けます。今回は背中ですので、背中の「肩甲骨の膨らみ」が収まるようシワをつくります。それが8になります。
8を畳んで9にすると、丁度、人間の背中のようなS字カーブが現れます。これだけでは、今一つ、この湾曲の持つ意味が分かりにくいような気がしますが、最終的には縫製を経て、一番下のジャケットの背中の湾曲になるわけです。
ただ、アイロンだけで9までは出来ますが、これを維持して一番下のジャケットの背中にするには、勿論縫製段階で色々な工夫を施さなければなりません。
豊かなこと
くせ取りは、「それだけ」では余り意味を持たない前作業、下作業ではあるのですが、他の作業と組み合わさると、非常に大きな効果が出てきます。逆に、行わなくとも「極端な」差はありません。
実際のところ、くせ取りが行われている既製服、イージ・オーダーは存在しません。高級ブランドでもまずあり得ません。フル・オーダーでも余り行われなくなっている古い作業です。こういう作業が無くとも「紳士服である」という形を作ることはできるわけです。
「それ単体では意味がなく、他と組み合わさって意味を持ち、しかも彼我に極端な差が出ない」、こういう作業は沢山あるような気がしてきました。こういう作業を積み上げて積み上げて、豊かな世の中ができ上がっていくような、そんな気がしますね。
腕の部分に棚皺が出ていますが、これは機能重視の意図的なものです。