昔々の麻のジャケット

昔は三杢ポーラ、昔々は麻

Cool Biz を提唱したかと思ったら、いつの間にか、国会ではまたジャケット、ネクタイを着用する方が多数派になっていました。何かあったのでしょうか。さておき、

現在、夏の服地といえば、高級品はモヘア、キッドモヘアなどの山羊毛、通常はウール(ポーラ)です。しかし60年近く前、ちょうど戦前戦後までは夏生地と言えば「麻」に決まっていました。夏になると私の父も朝から晩まで麻服ばかり仕立てていた様です。

しかし、私がテーラーになった40年程前には既に滅多に出なくなっていました。なぜ麻がウールに変わってしまったのかは判然としませんが、1.麻はシワになりやすいこと、2.高度経済成長期を経てさらに高級素材の獣毛に移った、3.麻は色落ちしやすい、この3点が理由のような気がします。

アンコン

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麻のジャケットの縫製方法について、現在では大きく2種類の縫製方法が使われています。一つはきっちり、ほかの服と同じように縫製する方法。もう一つはアンコンです。しかし60年以上前は、この両者とは全く違う縫製方法が使われていました。

右の濃紺のジャケットはアンコン、もちろん、カジュアルジャケットです。写真は店主です。完全に遊び人に見えるところがちょっと困ります。少し出た腹も目立ちません。悪くないスーツだと思います。これは芯が全くありませんから、シャツのような雰囲気になります。光沢のある麻生地を使えば、(50半ばの)私が身につけてもあまり貧相にはなりません。

…不良中年に見えます。

ミシンで叩く

60年以上前の縫製方法になんと言う名前がついているのかは判然としません。単に「ミシンで叩く」という風に呼んでいました。呼び名の通り、これはスーツ一着を仕立てるにあたり、できる限りミシンから離れずに仕立てる服です。

アンコンとの差異でもっとも大きいのは、「芯が入る」点にあります。そのため、襟の形はなかなか崩れません。また、袖裏も少し変わった付け方をします。ミシンで一気に縫い上げますから、腋と袖口に粗が出ます。そこを隠すため、分けて裏をつけます。昔はこれにネクタイをつけてビジネス・スーツとしていました。

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…これなら不良に見えません。

ところでこの服、何年前の服かお分かりになる方は見えるでしょうか。実はこの服、30年前以上前に、かつての麻服を真似て仕立てたものです。麻服が弱いというのは完全な誤解です。

昔は麻服をたらいに入れて「たわしで洗った」ものですから、相当頑丈です。麻は水に濡れるとむしろ強度が増すため、極めて水に強い素材です。そのため昔は水の手洗いだったというわけです。

ミシンで叩く - 色など

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麻は大変に吸湿性に優れています。汗をかいてクーラーのある部屋に入れば凍えそうなくらいに汗を吸います。そのため頻繁に洗う必要が出てきます。ただ、麻には大きな欠点が一つあり、比較的色落ちしやすい性質を持ちます。水であまりに頻繁に洗うと、色が徐々にはげて貧相になります。

そのため、一般に当時の麻は「白/生成り」の色が多くなる理屈です。映画で第二次世界大戦以前のエジプト、中東を舞台にした映画(最近ではハムナプトラ)では、やはり殆どが白麻のジャケットかスーツを身に着けているのもそのためです。

シャツの襟が無くならず、ジャケットの袖よりも若干長いのは、もともとジャケットを汚さないための工夫です。開襟シャツも恐らくその意図で、もとは「イタリアン・カラー」と呼ばれていたものの一変形だと思います。

イタリアン・カラーと開襟シャツの最大の違いは襟元です。イタリアのものは柔らかい風合いを好む傾向が強いですから、段返りのような緩やかな返りが特徴です。それに対して開襟シャツでは、きっちりと折れます。右の写真はイタリアン・カラーです。

70歳以上のテーラー

このような服が一般的であったのは戦前戦後、あるいはせいぜい昭和40年までですから、手慣れて仕立てられるのは、現在70歳以上のテーラーか職人さんということになります。残念ながら私も詳細や来歴、詳しい着こなしをあまり知りません。

Cool Bizを中途半端に提唱するよりも、古くの総麻、上から下まで全て天然繊維、なおかつ着やすく、丈夫。なによりも涼しい!。ビジネス・シーンで復活して欲しいとつくづく思います。なにしろ全ての天然繊維で最も涼しい素材なのですから。

ところで、…麻素材それ自体の種類が極めて多く、質の幅もピンからキリまで極めて広くあります。この麻服に関してましては、詳細を未だ調べている最中です。分かり次第、順次掲載していきたいと思います。

2005.6.21