接着芯を敢えて使う場合
毛芯に向かない用途
Unconstructed
接着芯を使う場合には二種類あり、一つは大量生産のためですが、もう一つは生地の特性や用途から敢えて使う場合があります。
用途として代表的なものがカジュアル・ジャケット、特にUnconstructed, アンコンです。このシャツ・ジャケットとも言われる非構築的なジャケットは、肩パットも外して芯も極力使いません。カーディガンのように羽織る感覚のジャケットです。
アンコンの特徴を楽しむには、毛芯よりも、むしろ接着芯を使った方が良いものができあがります。アンコンは主に裁断と縫製でシルエットを維持するのですが、やはりある程度の芯は必要です。この点、「徹底的に軽くする」にあたり毛芯では限界があります。
当店では5cm幅の特殊毛芯を用いますが、手縫いを基本に接着芯を使うテーラーも存在します(存在を耳にするだけで何処かそうなのかは知らないのですけれど)。ただ、自前で手縫いと接着芯を行うには、相応の設備が必要になってきます。設備がなくとも接着芯は使えるのですが、どうしてもムラが出易くなってきて、今ひとつです。
手縫い基本に接着芯を使えるテーラーは、大変研究熱心で規模の大きいテーラーだと言えるかもしれませんね。
毛芯に向かない素材
毛芯は生地の土台です。そのため、生地を毛芯に沿わせるという作業をします。このとき、ボリュームを出したり曲線を出すために、アイロンの熱で生地を変形させる手法をとります。これを縫縮せ込みと言います。略図の点線の右の部分を切らず、縫い目もいれず、点線の左にアイロンで寄せていきます。
この手法は必ず行います。生地が熱で変形する特性を熱塑性と言います。熱塑性効果は獣毛であれば強くなりますので、獣毛であるカシミア、ウール、モヘアに接着芯を敢えて使う余地はありません。
他方、綿・麻素材や絹は熱塑性効果が少なくなります。そのため毛芯を使っても、ウール素材と同様の美しいシルエットを実現することができません。綿・麻素材は基本的にカジュアルですから、多少のシワを気にせず軽さを追求すれば接着芯を敢えて使うことに面白さも出てきます。
velvet
また、そもそも毛芯がまるで使えない生地もあります。代表的なものが綿や絹を使ったパイル織物で、ベルベットや別珍が代表格です。通常のベルベットや別珍は、布の裏側に輪が残り、表側に起毛が出ます。その生地の下に強靭な毛芯をあてると、「こすれて抜ける」可能性が高くなり、虫食い穴のようなボツボツが出来ることがあります。そのため、基本的にはかなり以前から、記憶にある限りでは20〜30年以上も前から接着芯が使われています。
実際のところ
実際のところ、毛芯も万能ではなく、用途や生地素材が変われば向かなくなることもあるわけですね。毛芯が向く場合はウールやカシミア、モヘアです。この場合には、むしろ毛芯を使うべきで、接着芯を使う理由は価格と早さ以外にありません。
他方、シルエットよりも、綿・麻素材(100%や高混合)でアンコンにして軽さを追求したり、またベルベットでは、手縫いを基本に接着芯を使った方が理想的です。また接着芯を使っても、値段は手縫いで毛芯を使用したものと、ほぼ価格も変わらなくなる筈です。
接着芯は手で用いることも可能ですが、どうしてもムラが出てきます。これを避けるためには設備が必要になってきます。この設備は相応なものですから、これを自前で有するテーラーは、現在のところ、極めて珍しいテーラーだと言えます。ただ、実際に存在することは存在しますので、もしご存知の方がございましたら、こっそり教えて頂けると幸いです。