3万円+修理代
修理の限界
前回、紳士服の既製品サイズに、ほとんどの方はあわないと書きました。理屈からいっても合わない上、最近の合理化傾向で、流通過程でサイズの多くが切り捨てられるために、なお合いません。そこで、当店にも修理をお持ちになる方が多く見えます。
しかし、修理にも限界があります。例えばスーツを買ったは良いものの、袖丈やパンツの裾が長いから短くするとします。だいたい、スーツを購入すると、その場で無料修理をしてくれることが多いようなのですが、しても意味がないことが往々にしてあります。
これはジャケットの袖を横から見た図です。ジャケットの袖というのは、「<」の形のように、袖口に向かって細くなっています。構造上は袖付けの部分が最も太いのですが、見栄えとしては最も肘の辺りが太く見えるように作られています。
もしここで袖を単純に短くしたとします。当然ですが袖口が広くなります。しかし無料修理の場では、広くなることを告げません。消費者の方は、もともとの袖口幅を覚えていないものですし、その無料修理の場では、袖口を狭められる技術者がいないことが多いですから、そもそも無理なのです。
パンツにしても同様です。簡略化すれば、右図の左側ように裾口に向かって細くなっています。胸板の厚い方は、最近の既製服の準備サイズの傾向からいって、極端に裾が長くなることがあります。
しかし多少なら構わないですが、裾をきればきるほど、裾口は広くなっていきます。最近の流行は裾口の狭いものが多いですから、既製服では胸板が厚い限り、スーツを購入して修理をしても、常に流行はずれです。そして、こうなることを、やっぱり無料修理では告げません。
もっとも最近、高級プレタポルテや、徹底的に量産されるジーンズでは、最初から右図のように、最後の数センチが同じ幅になっていることがあります。これだと、多少、裾を上げても、裾口幅は細いままになります。ただ、こういう作りは「全部一回は切る」必要があるため、徹底的に合理化された大量量販店では、かえってコスト高になり、あまり見かけません。
3万円のスーツを買って修理したら
では、体に合わない3万円のスーツを買って、それを気に入るように修理した場合の合計金額はどうなるでしょう。
いろいろな体型がありますけれども、袖丈を直さなければならない場合、一般的にジャケットではジャケット丈、ジャケット・ウェストの3カ所でずれが起きています。パンツでは、腰まわり、お尻まわり、ズボン丈、裾口幅の4カ所でずれが出ています。
単に切る | バランス調整込 | ||
---|---|---|---|
ジャケット | 袖丈 | 2,000円 | 12,000円 |
ウェスト | 2,000円 | 8,000円 | |
ジャケット丈 *1 | 6,000円 | 同左 | |
ズボン | ウェスト*2 | 1,500円 | 8,000円 |
ヒップ | 1,800円 | 8,000円 | |
裾口幅 | 1,300円 | 3,000円 | |
ズボン丈 | 1,300円 | 同左 | |
計 | = | 15,900円 | 46,300円 |
*1 ジャケット丈は調整不可能です。
切り込みの関係上ポケット位置をかえることができません。丈を縮めた結果として、10年前のデザインのように必ずポケット位置が下がります。
・・・単に切るだけで合計15,900円。3万円の服との合計では45,900円。
量販店が採算割れしないところを見ると、よほど人件費が安いか、そもそも修理というものを全く勧めないかのいずれかでしょう。
単に切るだけではなくバランスをとっていけば、ジャケット代と合わせて計76,300円!。全然安い意味がないです。4.6万円でしたら、縫製を既製服と同レベルにすれば、デザインと生地選択に大きく自由度をとって、イージ・オーダーで注文できてしまいます。
8万〜15万ほどの高級プレタポルテでは、サイズに合わない場合「買ってくれなくてもいい」とまで言われることがありますけれども、ならば8万円でテーラーをイジメて注文を沢山つけた方が、きっと楽しいと思うのです。