シルエットの善し悪し
シルエットの善し悪し
シルエットがジャケットでどのように出て来るのかを書いてみたいと思います。前回、紳士服のスーツ・ジャケットでは曲線を出すのが大変大事だと書きました。人間の体は曲線でできていますから、直線状態になる「吊るされた状態」ではシワがよりますし、シワがよって正しいことになります。
左は縫製の質が異なる二着のジャケットの写真です。どちらが質の高い縫製かはさておいて、右側の写真の赤線部分をご覧ください。赤線の通りに湾曲した状態でしわが寄っています。これは羽織ったときにジャケット胸部の曲線が出るように縫製されているため、吊るされた状態で出てしまうシワです。
吊るされた状態では単なるシワですが、身に付ければ体に合う曲線が生まれます。
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上の三着の内、どれが最もシルエットが奇麗でしょうか。シルエットの奇麗さとは、体の輪郭に則した曲線が出ているかどうかです。特に見ていただきたいのは、腰部・腕部です。
まず、腰の部分を見てみましょう。1.2.は腰のラインが曲線となって出ています。しかし右端の3.はデザイン上の違いもありますが、殆ど曲線として現れおらず、直線的です。そして1.2.の内、2.の方は腰の部分に少ししわが出ています。ということで、軍配は1に上がります。
次に腕の部分を見てください。腕が曲線として現れており、なおかつ腕の湾曲にそったシルエットを作っているのは1.ですね。2.も腕の曲線が出ているには出ていますが、余分なシワが出ています。身に付けてからもなおシワが出るのは戴けません。そして3.ですが、これはいわば『棒』です。
ほかにも裾の部分もかなり違います。1.は、裾が丁度まるく内側に湾曲するラインを作っていますが、2.3.ではそれが外に向かって跳ねています。大体において1 > 2 > 3でシルエットが奇麗と言えるでしょう(ただ、これらの服は全てお客様の服で、私の体にはあっておりませんから、最も奇麗なはずの1でさえ不要なシワが出ていますけれども)。
このような曲線の出方をもっと簡単に確かめてみる方法があります。丸くて湾曲したモノをジャケットの胸ポケットの下などに入れてみれば分かり良いです。私は眼鏡ケースで試してみました。
上二枚は左が1.右が2.の胸ポケットの部分写真です。胸ポケットの下、赤い丸で囲った辺りに眼鏡ケースを入れて、人間の胸の膨らみを代用しています。どちらがシワになっているでしょうか。丸みのあるものを入れてシワになっているということは、人間が身に付けたときにもラインが奇麗に出ないことを意味します。ですから、上記三着のジャケットのうち、やはり1.の服が最もシルエットが奇麗であって、構造上は優れていると言うことができます。
ところで、私は上記の3.についてシルエットという面では問題外であるという様な書き方をしていますが、実はこの服は17万円相当もしたクリッツァ・ウォモの既製服です。これを購入した当時は、ゆったりとしたアルマーニ風のデザインが流行していましたから、シルエットの奇麗さは余り問題ではありませんでした。しかし、最近、または近い将来まで続くと思われるクラシコスタイルなどでは、体に合ったラインが出ているか出ていないかが眼目です。つまり、今の流行は構造上の善し悪しが非常に重要だといえるでしょう。
既製服よりもオーダーの方がシルエットが奇麗に出るのは当然ですが、このクリッツァの既製品は相当にシルエットが奇麗な方です。しかし、それでも既製品としてはこれが限度といっても良いでしょう。ですから、これよりも遥かに安価な既製服はもはやシルエットのことなどは何も考えていないといっても過言ではないはずです。その証拠にハンガーに吊るしたときほど奇麗に見えるんですから。
シルエットの英語綴りを調べてみてびっくりしました。もともとフランスの大蔵大臣シルエット(1709~1767)が極端な節約を唱え、肖像画も黒影で十分だと主張したのに基づくそうです(広辞苑)。意外でした。