服と映画の役回り

映画の中の服

久しぶりの更新になりました。例年、3月4月は作業場に隠りっきりになりますもので、どうしても他の事は疎かになってしまいます。それが5月半ばにもなると少しずつ余裕が出て来ます。これを通り越して6月7月になると、逆に大してすることがなくなって行きます。…時々、テーラー/仕立業というのは、農業の一種なんじゃないかと思うことがあります。

さておき、久しぶりの更新ですので、例によって文の書き方を忘れてしまいました。ということで今回は軽く映画の中の服につきまして。最初は The Sting (1974) です。少々古い映画ではありますが、映画を幾つか思い出せと言われれば、多分、相当早い段階でこの映画が出てきます。良い映画というのはこういう映画を言うのだ!、と思ってもきっとバチは当たりません。

The Sting (1973)

何度か「服はかなり多弁」と書いたことがありました。映画の服もかなり多弁に話します。スティングは、アカデミー賞 衣装デザイン賞を受賞しているそうですが、どんな理由で受賞したかは分かりません。一般的な「デザイン」という用語の語感に反して、この映画の衣装は無理がなく、非常にシンプルでオーソドックスです。この映画の服はとても奇麗で分かりやすく話をしますので、大変に素晴らしいと思っています。

幾つかシーンを切り抜いてみました。ただ、DVDから切り抜いたはずなのに、なぜか今一つ奇麗になりませんでした。

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何が良いと言って、全てのキャラクターと衣服に何の矛盾もありません。逆に言えば、服を見ればどんなキャラクタか何となく分かるくらいです。例えば主人公の一人であるフッカーは「跳ねっ返り気味ながら才気煥発な若手の詐欺師」、もう一方の主人公 ゴンドーフは「30年のキャリアを持つ大ベテラン詐欺師」。顔を取っ払っても、左右どちらがそうであるか、一目で分かる筈です。

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フッカーは服も跳ねっ返り気味です。非常にタイトでズボンも細身が身上、いなせな兄ちゃんです。ただ、これでは大物相手に三下扱い、詐欺の取っ掛かりにもなりません。そこでゴンドーフから服の変更を命じられます。けれども「ズボンが太い」と駄々を捏ねます。誰もが経験あると思うのですが、若者らしい服を捨てさせられ、「社会的な衣服」を着る羽目になった時の、あの何となく不快な気分そのままです。何とも懐かしい気分になれます。

右の画像、起毛感のあるツィードで、柔らかく温かそうなスーツを着けているのは、フッカーの師匠, 父親代わりの老人 ルーサーです。「切羽詰まって見ず知らずの他人に大金を預ける」役回りです。切り出した画像では服が今一つピンと来ないのが残念です。

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左はロネガン。複数の人間がポーカーをしている中で、一人だけ立体をかなり強く出した造形で、光沢も強い黒地のスーツを着用しています。ということで、この人は大物。賭博場, 食肉工場, 銀行をもち、政治家との繋がりもあるギャングの大ボスです。

右はこの映画の中ではルースで大きめの服を身につけています。ズボンもかなり太目で股上も深い。これはロネガンの手下、モットーラのものです。騙し取った積もりが騙し取られる何とも間抜けで損な役回りです。

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また、この映画ではベストが頻繁に登場します。シャツの下には何も着けませんし、そもそも下着です。ということで、リラックスしたり忙しく事務作業する際には、大抵がベスト姿です。これもまた大変良い雰囲気です。クールビズ流行りでジャケット+パンツスタイルが一般になりつつありますが、仕事中にベストスタイルというのも、存外良い筈と思ったりします。なぜダメなんでしょうね。良くわかりません。

この映画は、光沢が強く押し出しの強い造形で大物、ルースで間抜け、起毛素材で人の良さ、トレンチなどで闘争性、スーツの微妙な違いで誠実さ等、服で色々なキャラクタをとても分かりやすく説明して行きます。筋立てが面白いのは勿論ですが、衣装も素晴らしい映画です。

Angel Heart (1987)

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最近、もう二本映画を見ることができました。お次はエンゼル・ハートです。1987年に制作され、1955年を舞台にしています。スティングは1973年に制作され、1936年が舞台です。制作年度で15年、舞台設定で20年下ることになります。 丁度、1987年当時はバブル絶頂期です。

その主人公が着けていた服がコレです。汚れてよれよれな丈の長いコートに、だぼだぼのズボン、これでも主人公です。役回りは「しがない私立探偵」。スティングとは全く方向性が違いますし、テーラーとしてどうかとは思うのですが、こういった野良犬、やさぐれと言ったスタイルも嫌いでなかったりします。

全般的に薄暗く、陰鬱な雰囲気の中で「しがない私立探偵」としてスタイルを作れば、如何にもこうなる、と、違和感がありません。ただ、実際問題として、ここまでやさぐれたスタイルが現実に可能か、と言えば不可能です。何しろ巨大なズボンをはいているために、ベルトを締める位置を極端に下げて、裾を踏むような状態であるわけですから。ただ、非常に女性にモテてます。このスタイルでも。

The Untouchables 1987

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ところで、丁度、同じ年にもう一本、有名な映画が製作されました。アンタッチャブルです。コートを翻すシーンがとても印象的だったりしますが、それを実現しようとすると、かなり丈を長く、かつ太目にしてフレアを強く出す必要があります。現実の着用にはかなり厳しい程度に達しつつありますが、エンゼルハートのコートも含め、この頃にはこのようなサイズ感のものを映画でも良く見掛けた気がします。

アンタッチャブルの時代設定は1930年頃。上記のスティングとほぼ同じです。しかしデザインはかなり違います。過去を舞台にしていたとしても、「製作された年」の影響を色濃く受けるような気がします。アンタッチャブルは、アカデミー賞 衣装デザイン賞にノミネートされています。

The Thomas Crown Affair (1999)

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最後の一本、トーマス・クラウン・アフェアは、古い映画「華麗なる賭け」のリメイクです。「華麗なる賭け」の方は、随分昔に見たきりで全く記憶が残っていません。主人公は、一つ前(5代目)の007、ピアーズ・ブロスナンです。主演女優はレネ・ルッソ。

今の流行とは異なりますが、サイズとして全く無理がなく、非常に自然です。特に目立った誇張もありません。無理や違和感がないスタイルは、匿名性が強いスタイルとも言えるかもしれません (そういえばマグリットの「人の子」が印象的に使われます)。役回りは「やり手実業家かつ泥棒」です。とても楽しい映画です。主人公の二人が当時46歳/45歳というところに、軽く世の不条理を覚えたりもしますが、それはそれ。

ということで、映画の中の服でした。映画は全く与り知らない世界ではありますが、映画の中の服はとても面白く、「服がキャラクタと矛盾しないこと」と「キャラクタが服で分かること」の両方を目指しているように感じます。あまり沢山を見ることは出来ませんが、時々、そんな映画を見つけては喜んでいたりします。スティングやトーマス・クラウン・アフェアの様に、テーラーが登場しているから喜んでいる…わけではありません、多分。

2012.5.12