The Tweed Run と自転車と節電

今ひとつ落ち着かない

震災以来、どうにも世の中が今一つぴりっとしません。被災地から遠く離れているのに輸送も今一つで、生地や付属が微妙に遅れます。微妙に遅れて何となく段取りが狂います。そこはかとなく困ります。変なところでは単一の乾電池が随分と品切れになっていました。そんなときに限ってガスコンロの電池切れです。コーヒーも淹れられずハムも焼けません。仕方がないので、余り役に立っていない時計から電池を引っこ抜いて凌ぐ有り様です。

何が奇妙といってテレビのCMかもしれません。「頑張ろう日本!」と言われても何をどう頑張ったら良いものか。原発/節電もそうです。どうにも学がないので「放射線の恐怖!」と言われると、蟻が巨大化する古い映画のことを連想してしまったりします。いずれにせよ、あれをしろ/するな, これを言え/言うな、と薄ぼんやりと言われているようで、どうにも面白くありません。…薄羽蜉蝣が飛んでいるような雰囲気です。

The Tweed Run

The Tweed Run London
2011
, YouTube

bigben
startpoint

名探偵ポワロ 猟人荘の怪事件

cycle
coat

面白くありませんので、お客様から教えていただいた面白いイベントについてのご紹介です。英国のイベントで、その名も Tweed Run。2009年から開催されているようです。The Tweed Run.

ロンドン市街をクラシックなツィードスタイルで自転車に乗って駆け抜けるというイベントです。ありがたいことに、動画にまとめた方がありました。昔、ロンドンに行った際に歩いた街並みの中を、クラシックなツィードスタイル+自転車が駆け抜けていく風景はなかなか良いものです。The Tweed Run London 2011 YouTube

参加人数はおおよそ500人。もっと多くの参加希望があったそうなのですが、道路封鎖, 管理の必要からやむなく500人ということで、もしかするともっと大きく育つイベントになるのかもしれません。それにしても羨ましいイベントです。さすがゴルフと自転車とツィードの国です。

例によって名探偵ポワロ

ところで、これを見ていたらやっぱりNHKで昔放映されていた英国のドラマ、「名探偵ポワロ/Agatha Christie's Poirot : 猟人荘の怪事件/The Mystery of Hunter's Lodge」を連想してしまうのはもはや仕方がありません。ええ、仕方がないのです。あきらめてください。

名探偵ポワロには、結構頻繁に自転車が登場します。確か事件の細工にも使われていたようなお話もあったかもしれません。欧州では意外と自転車は「伝統」に属するものになっているのかもしれませんね。空気式の自転車タイヤは、もともと英国企業だったダンロップが最初に実用化したそうです。

自転車と関係ありませんが、このコート、マフラーとニッカーボッカーにハンチングの組み合わせ、実に良い感じです。今年の冬には作ってみたい気がします。幸い、良さそうな生地が何点か残っています。

昔の自転車

三角乗り Tシャツ小僧

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Tシャツ屋さんのTシャツ図番です
懐かしい絵柄のTシャツが沢山

更に The Tweed Run と関係がありませんが、このドラマに使われているタイプの自転車は今では全く見なくなりました。むやみと重い鉄製で、戦後からしばらく長い間、昭和30年代まで実は高価な品でもありました。子供用のものなどありません。

けれども子供は自転車に乗りたい。そこで編み出された乗り方が三角乗りです。シャーシの三角形の部分に足を突っ込んで無理やり乗ります。どうでも良いこと甚だしい限りですが、実は難儀でコツのいる乗り方です。この図のような自転車を地元では通称「百貫」と呼んでいました。

更にどうでも良いことをもう一つ。このドラマの自転車にはチェーンの部分にカバーが付されていますが、昔のものはチェーンカバーが片側にしかなかったり、ほぼむき出しのものがあったりしました。しかもジャケット+パンツのスタイルで当時の日本人も自転車に乗ったのです。そうすると何が起きるか。ズボンの裾が広いとチェーンに絡んで大怪我をします。

あれは実にびっくりします。いきなり足を取られて自転車から体を放すこともできずにコケてしまいます。怪我する人が珍しくありませんでした。その点、ニッカーボッカーは自転車向きです。ブーツも良いかも知れません。

一般にはズボンの裾を簡単に止めることが多かったのですが、その昔は脚絆 (巻きゲートル) も使われていたと聞いたことがあります。さすがに見た記憶がなく、ゲートルのことはよくわかりません。

日本映画の中の古いスタイル

東京物語

東京物語 1953

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私にとって記憶にある古いスタイル、「古き良き」と言える時代のスタイルは戦後しばらくのそれになります。現在、節電節電と賑やかでもありますが、当時の日本にはクーラーなんかありません。誰もが知っている名作の一つに小津安二郎の「東京物語」がありますが、舞台設定は夏、皆が皆、しきりに団扇をはたはたと扇いでいます。

…写真として引用すると、なぜか映画の雰囲気が完全に壊れてしまってとても残念です。

夏場でもスーツ, ジャケットは、他所行きとしては普通でした。しかも当時の主流はウールです。日本のよくある風景の中で、無理ないながら品と趣ある情景です。全然珍しくありませんでした。

どうやら私にとっての古き良きスタイルは、英国/欧州のものというよりも、"こちら"側かもしれません。向こうは向こう、こちらはこちら。同じものであるようでいて、私には別物のように感じます。別物ですから共に「良い」が成り立ちます。そのため、この業界によくある出羽守には違和感が拭えないのかも知れません。

濹東綺譚

濹東綺譚 1992

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東京物語は1953年の映画ですが、今度は打って変わって1992年の「濹東綺譚」です。私娼窟界隈が舞台の映画です。原作は永井荷風の同名のもの、1937年です。戦前は全く与り知らない時代で、濹東綺譚の考証が正しいかは分かりませんが、この映画の雰囲気は私の地元にも微かに、しかし確かに残っていました。地元は街道沿いの宿場町にほど近く、遊廓を構えていたような土地柄です。

戦前戦後しばらく、夏の服といえば麻服です。私の父も夏になると頻繁に麻服を手掛けていました。麻の特性として極めて水に強いというものがあり、驟雨に出くわす可能性が高いという意味でも夏向きです。実際に映画でもきっちり雨に降られます。これが徐々にウール→モヘア混合と戦後移っていきます。その理由が何なのか、実はよく分かりません。

東京物語 (1953) でも、既に麻のスーツ姿は映っていなかったと思います。1960年頃 (昭和30年代) だと、比較的高齢の方が好んで着けていた記憶があります。往時の麻のスタイルでは、白麻+三揃え+サスペンダー+腕時計+帽子の組み合わせが多かったようにも記憶しています。子供心に「格好良いお爺さん」の印象そのものでもありました。

サスペンダーも随分と見なくなりましたが、かつては白麻以上によく見かけました。上記の東京物語でも少し洒落た方が着けています。

それにしても津川雅彦の男前ぶりには惚れ惚れします。比較的裕福で、遊びが上手く粋で色気あり、知性的な中年〜初老の独身男性の見本のような映画です。これが書かれたのが荷風50歳前後の頃、小説では50代後半の設定で、主人公は荷風の分身とも言われていますが、荷風もさぞ男前な生活を送っていたのでしょうね。

この震災で「過去に戻るのも良いではないか」という向きもありますが、貧相な過去と男前な過去がありつつ、その口調に感じる雰囲気は、どうにもこれら The Tweed Run, 東京物語, 濹東綺譚とは随分異なったものであるようで、やっぱり今の空気は面白くありません。

2011.5.12