仕立屋の特権、子供服

作れないよね?、作れます

娘があり孫があります。どうやら自分も孫馬鹿というものからは逃れられないようです。街で面白い子供服を見かけると、「これは〜に最も似合う, 〜のためにある服だ」などと思ったりするところ、自分も立派な孫馬鹿になりました。

昨年、娘とアウトレットをふらふらと歩いていたところ、中々面白い子供服がありました。矯めつ眇めつしていたところ、娘が言うよう「作れないよね?」。思わずムッとして「作れる」と言ってしまったのが運の尽き。

型紙起こし

型紙

身頃 (上:大人,下:5歳児) 拡大図

パンツ (上:大人,下:5歳児)

テーラーが仕立てるのですから、子供服といえども、やはりオーセンティックと言えるもの、手縫いの完全テーラードを作りたくなります。紳士服と同じ裁断,縫製手法,生地を使いたい。かなり贅沢ですが、そういう贅沢が出来るところが仕立屋の特権です。…孫馬鹿の真骨頂とも言えます。

子供服は久しぶりです。遠方であることから娘に採寸を依頼したため、寸法にも不安があります。取りあえず型紙起こし。5歳男子です。

子供服の厄介な点として、体型が大人のミニチュアではない点があります。また、身長が低いため、見る人の視線もかなり上から下に向かいます。感覚的にピンとこない部分があり、見栄え調整,仮縫いでかなり苦しむだろうと想像しています。ポケットの大きさすら要一考です。つまるところ子供服でも大人の服でも事情は全く同じです。事情は同じなのですが、感覚が働かないところが厄介です。

仮縫い

子供服の仮縫い

上がった仮縫いです。かなり小さいため、人台に掛かりません。5歳児用の人台もないので、ハンガーに掛けて手に持って見ました。ハンガーも5歳児程度の大きさのものがないため、手早く自作してみました。

…どことなくやり過ぎている感じがして、奇妙なオカシミを感じてしまうのはなぜなのでしょう。拡大写真はこちらです。

仮縫い段階で既に改良余地,問題が色々と目につきます。実際にフィッティングすれば、更に手を入れるべき部分が色々出てくるのは確実です。印象も意図と離れることは間違いないでしょう。

気の毒ではありますが、孫にはフィッティングで犠牲になってもらいます。何となく目的がズレ始めたような気がしますが、この際、内心の声は無視です。他にはない完全テーラード、紳士服の裁断,縫製手法の子供服、見栄えのする子供服を作るのです。

父からジャンパーを

私が8-9歳の頃、もう半世紀近く前のことになりますが、父に生地の端切れでジャンパーを作ってもらったことがあります。

当時はウール生地の生産が国内で途絶えており、入手が困難、ウール素材の服が非常に減っていた頃でもあります。学校にそれを着けていった際、「さすが仕立屋さんの子、何て良い手触り、何て良い服」と、先生にジャンパーを撫で回されつつ褒めてもらったことがあります。

子供に服の善し悪しなど分かるわけもありませんが、今でも非常に良い気分だったことをはっきり覚えています。服飾の世界に入った最初の切っ掛けは、案外、そんな小さな記憶からかもしれません。今回の服の本当の動機、それは当時のそんな気分に基づくのですが、ただでさえ乏しい祖父の威厳を保つため、教えて上げないことにします。

ということで、来月8月早々にフィッティング、8月末には完成です。9月の東京受注会にもお持ちしたいと思います。ちょっと見ることのない、完全テーラードの子供服、想像以上に小さい手縫いスーツです。どうぞお気軽にご覧頂ければ幸いです。

2010.07.25