テーラーとユニクロ

ユニクロはどう?

最近、とてもユニクロ商品が流行しているようです。町の寄り合いに出ても話題に上るほどで、若い方が中心かと思えば、実は中高年の方にも幅広く流通しています。銀座にも出店、余りに流行したために「ユニクロ栄えて国滅ぶ」なんて物騒な論文が出たようです。

親しい知人などからも「テーラーから見てユニクロはどう?」と聞かれることも随分と多くなりました。ということで、今回はユニクロにつきまして。余りに業種が異なるので、印象中心になってしまいますが、その辺りはご容赦を。

時間や場所で変わらないデザイン

ユニクロの提供する衣料品は、デザインが非常に簡素です。デザイン性がない点が最大のデザインとも言える印象です。色柄も単色無地が多く、柄があったとしても普遍的で冒険のないものが基本です。とても工業製品としての性格が強いような気がします。

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デザイン性に乏しいので、消費者の方には「ユニクロには何があるのか」を簡単に知ることができます。そしてデザインの多様性を切り詰めた分、カラーバリエーションを豊富に揃えることが可能です。例えば「デザイン6種,サイズ5種,色1種で各1000着, 1着1000円」を揃えると、6×5×1×1000×1000 = 30,000,000万円の在庫です。大規模なお店だと直ぐに在庫が積み上がります。しかしデザインを1種に絞って色を6色揃えても金額は同じです。

デザインをシンプルにして色を増やすデザイニングは、実は消費者さんの自由をとても広く認めるデザインでもあります。例えば「ピン」を想像してみてください。事務用品で「全部白のピン」だけがあるお店aと、「5種類の色があるピン」だけを用意するお店b、「独特の形で芸術品の様なピン」だけがあるお店cがあった場合、消費者の方の都合に最も広く合致するお店はどれでしょう。bである筈です。

つまり必要性の観点で見れば、シンプルで色の選択肢が豊富なデザインは、消費者さんにとって、とても基本的で便利なものでもあるわけです。そういえば、これと似た商品をもう一つ思い出しました。デザインがシンプルで色がとても豊富な工業製品、かつ爆発的に売れて、宣伝でも色の豊富さを前面に押し出しています。AppleのiPodです。

ユニクロ(ソフトタッチハイネックT)とiPod Nano
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時間や場所で変わらない価格

ユニクロの衣料は、いわば「見たまま通り」です。安価, デザイン性がないデザイン, 豊富なカラーバリエーションが特徴です。いわば「工業産品としての衣料」を徹底追及しており、その点で従来の衣料メーカーと随分異なります。

アパレル(既製衣料)の世界は基本的に品質=価格とはなりません。端的であるのが各種ブランドです。ブランド商品は「場所や時間で価格が変化」するのが一般的です。

例えば並行/正規輸入など輸入経路で価格は変わります。通常/アウトレットで更に価格は変化し、今季/1年前など時間的変化でも価格は変化し、旧/新デザインでも価格は変化します。更にバーゲン/処分/特価などという表示で、一つのお店の中でも価格が変化します。

更に「人気」でも価格は変化します。ブランドAに人気が生じた場合、そのブランド商品の価格は高止まりし、人気がなくなれば値崩れします。結果、ブランド商品の価格は「なぜその価格なのか」が、誰にも分からないことになります。品質と価格の結びつきは非常に弱い。

他方、ユニクロは異なります。ユニクロ商品は安価なだけに、ユニクロだけで販売されています。結果、日本中、何時でも何処でも基本的な価格は同じで、価格の変動は各店舗が時節に行うバーゲンだけで起こります。消費者から見れば、価格がいつでも予測可能ですから、とても便利で安心です。品質と価格の結びつきが強いと言えますね。

これは「工業製品」としての性格にとても近いような気がします。一時期、日本でも流行した発想にユニバーサルデザインというものがありました。地域性や時間性に捕らわれないデザインのことで、日本では老齢者にも子供にも優しいという意味で住宅によく使われました。この発想の一部を極端にしたものが「ファスト〜」のように思います。

必要性の観点と面白さの観点の一番大きくなるところ

ただ、あるモノのデザインをシンプルにすればするほど、消費者さんの欲求に合致しやすくなりますが、「少しだけ」しか欲求に合致しないので、満足度は低くなります。

C1 a b - - - - - -
C2 a b c - e - g -
C3 a b - d - f - h
C4 a b - d e - g -
C5 a b c d - f g h

例えばC1-C5の消費者さんが、商品Aについて色々な希望を持っているとします。その中で、全員が合致する部分は「a,b」だけです。

そのため、a,bだけを実現するシンプルなデザインにすると、C1-C5の全ての方に良いデザインですが、C1さんを除いては、その他である cdefghをそれぞれ「自分で実現する」必要が出てきます。補完するものを買い足す、諦めるなどしなければいけません。

多分、ユニクロが非常に広く受け入れられているとすると、この「必要性の部分」の共通部分を、とても上手に取り出しているためだと思います。つまり、ユニクロさんの服は「消費者の方にとっても素材」です。素材ですから「必要だけれども何か足りない」という商品群です。

テーラーとは存在理由が余りにも違いすぎる

ユニクロは言ってみれば、衣料の「純然たる工業製品」です。そのため、「人の必要性の最も広いところ」を上手に満たすという発想で商品が作られているように思います。ユニバーサルデザインというのは、もともとそういうものです。大量生産可能=安価, 時間/場所に影響を受けない工業製品としてのデザイニングです。そのため、人の欲求を「最も広く浅く」実現するものです。

他方、ハンバーガーを毎日食べて生きられる人も滅多にいません。また、ハンバーガーを食べられない方も沢山おられます。その方に「多くの人が必要と認めている=優れている」と言ったところで意味がありません。つまりユニバーサルデザインは「合わない人を切り捨てる」ものでもあります。

ユニクロは「最も多くの人の最も広い欲求を満遍なく満たそうとする」衣料を作ろうとしており、逆にテーラーは「その人の欲求を最大限満たそうとする」洋服を作ろうとしています。最初から発想が正反対で対極です。いわばユニクロは合理の固まり、テーラーは不合理の固まりです。

素材に見える

というわけで、テーラーにとってのユニクロは「素材としての衣料品に見える」でした。何と言いますか、余り美味しくない白米だけのご飯です。そりゃお腹は膨れますが、出来れば美味しい白米の方が嬉しく、おかずがあるともっと嬉しく思います。まさか白米だけのご飯をご馳走だと言うこともできません。

ただ、素材ではありますから、無碍にする必要も全くありません。…今回の更新に当たって、ユニクロを見てきたついでに何着か調達してしまいました (テーラーとしてそれで良いのかという内心の声があるような無いような)。次回はユニクロで遊んでみたいと思います。

2009.12.20