直ぐに熱くなる仕立屋のアイロン

直ぐに熱くなる仕立屋のアイロン

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前回の更新で、ふとアイロンが気になりました。

テーラーや仕立屋は、いつもアイロンに触っています。裁断前から掛けています。仮縫い前にも掛けますし、仮縫い中にだって掛けます。本縫い中は当然で、縫縮込み時やくせとりで、とにかく頻繁にアイロンに触っています。なにせ長い付き合いです。

…考えてみれば妻より長い付き合いなのですから、妻よりもっと大事にするべきかと考えがよぎりましたが、怖いので考えなかったことにします。

そのような作業に使いますので、直ぐに高温になるものが使いやすくなります。そのため、私は自信を持って言えますが、絶対に仕立屋の家には妻や娘など、家族が作った「アイロン形の焦げ後」があると信じます。作業台を焼かれて、天板を張り替えたり、その上に木を張ったり、突然作業台を買い替える羽目になったり。きっと私だけではないはずです。私だけだったら悲しく思います。

このアイロン、もう父の代から合わせてのものですから、当店にあって30数年にはなるのでしょうか。このアイロンとは異なりますが、父はよく、頻繁にアイロンを分解清掃しておりました。ただ、アイロンの中には石綿が入っています。ご想像の通り、父は肺癌で亡くなりました。断じて煙草のせいではないと私は信じています (私は煙草飲みです)。

この手のアイロンは温度上昇が早いので、温度を間違えると悲劇になります。ナイロンなどでは一瞬にして縮みます。逆に全然アイロンの掛からない分厚いコールズボンに、アイロンを効かせようと、効け、効けと最高出力で掛け続けた結果……焦がしたことがある、とは、口が裂けても言えません。

古いアイロンですから、サーモやら温度調節機能なんて気の利いたものはありません。とにかく温度上昇の早いものが良いアイロンです。そのため、仕立屋は一般に、湿らせた指で触って適切なアイロン温度を測ります。どうでも良いことなのですが、私自身の目安を簡単に言えば、「ちん」で高温、「じゅ」でウールに最適、「じゅわじゅわ」が化繊となっております。この手順をうっかり忘れると、かなり痛い目に遭います。

…当店のアイロンはこんな感じの奴です。

2005.2.9