アルマーニはどこへ行った
デザイナーズ・ブランドと既製服
私自身はアルマーニの服を手に入れたことは無いのですが(アルマーニ風の服は作りましたけれど)、日本のバブル絶頂期、高級紳士服の代名詞とも言えるほど、アルマーニは日本中を風靡しました。Giorgio Armani、イタリアを代表するファッション・デザイナーで、そのままブランド名になっています。
アルマーニに限らず、1985年?90年前後、日本中をDCブランドが風靡していました。DCとはDesigners & Characters の略称で、デザイナーの名前が前面に押し出されたブランドを言います。今ではデザイナーズ・ブランドとも言いますね。紳士服ではその代表格がアルマーニでした。1985年以前、紳士服の世界ではあまりデザイナーの存在が知られていませんでした。テーラーは基本的にデザイナーでもあるため、その存在が問題となっていなかった訳です。紳士服をオーダーするというのは、デザイナーを雇うようなものです。これは今も昔もかわりません。
そのため、紳士服でDCブランドが流行するには、「既製服」が一般的になったという大前提が必要となります。紳士服の既製服はかつて「吊るし」と呼ばれていましたが、そのいかにも「吊るし」といった面白みの無さが、DCブランドの活躍する下地を作ったいえるのでしょうね。
ただ、あの当時、ティッシュ配りをしていたお兄さんまでがアルマーニを着ていたことには驚きました。見事に流行したものです。アルマーニのジャケットは、大体で15?6万円はしていた筈ですから、その影響力の強さには驚く他ありません。しかし最近ではアルマーニという名をほとんど耳にしません。お客様からもアルマーニと言う言葉を耳にしなくなったどころか、「アルマーニはどこへ行った」という質問を頂くほどです。
グレゴリー・ペックとアルマーニ
1970年前後まで、娯楽の王様と言えば映画でした。ファッションに気を掛ける方は、そのファッションセンスを映画から取り入れたものです。当時の映画は現実感が全くない理想的な姿を映します。何をしても服が汚れませんし、オートバイに乗ってもシワが出ません。映画全体がモデルの集合のようなものです。
1953年、今から50年前に「ローマの休日」が上映されました。どなたでもご存知の名画です。この映画に出てくるグレゴリー・ペック、配役は新聞記者で、見事に当時のアメリカ的なスーツを着ています。
まずズボンは2タック。今流行の脚長パンツと比べると随分太く見えてしまいますが、体格の良いアメリカ人のペックが着ると様になります。ジャケット丈も長く、太腿の上あたり、股と膝の中間あたりに裾が着ます。ゴージ位置は低く、Vゾーンも深い。更に襟幅も広めです。
以前に書いた時点では未だスティック、棒状のジャケットが流行していましたが、今では更に「三角形」へと進んでいます。そしてこの三角形の頂点へ向かってディティールを集合させて行きます。ポケット位置を高く、ゴージ位置を高く、Vゾーンは浅く…という感じですね。
50年前のグレゴリー・ペックが身につけていたジャケットは正にこの逆です。肩幅が広く裾に向かって細くなって行くシルエットが基本になっています。そしてディティールも当然、下の方にありました。Vゾーンを深く、ゴージ位置も低い。腰ポケット位置も低いです。
アルマーニは、このようなアメリカのスタイルを、正面切って取り入れた大陸最初のデザイナーだったわけです。イタリアン・クラシコの出自とよく似ています。イタリアン・クラシコは、英国の伝統的なスタイルを柔らかくアレンジしたものです。これに対してアルマーニのスタイルは、アメリカのスタイルをイタリア風に作り替えたものです。
ですから、アルマーニのデザインは、一つの確固とした典型的な「スタイル」とも言えるデザインかもしれません。つまりイタリアン・クラシコと同列に並べうるということです。
アルマーニは何処へ行った
アルマーニが急速に飽きられた原因は幾つかあります。DCブランドの流行に乗じ、縫製を中国でまかない、品質を急速に劣化させて行きました。これはアルマーニに限らなかったのですが、その結果、今でも大多数のテーラーがデザイナーズ・ブランドの品質について非常に懐疑的に思っています。
更にティッシュ配りのお兄さんまでがアルマーニの服を着るようになった状況でしたから、急速に飽きが来ます。個性の強い、一目で「アルマーニ」と分かるデザインが巷に溢れれば、飽きの来ない方が奇妙です。
しかし最大の原因は別にあると思っています。イタリアン・クラシコとアルマーニのデザインは出自がよく似ています。しかし決定的に異なる点が一つあります。イタリアン・クラシコは、そのデザインを代表するブランドがありません。それに対して、アルマーニのデザインは、アルマーニが代表しています。この点が、全く違います。
一つのスタイルは必ず流行とともに廃れます。しかし、そのスタイルが現在流行しなくなるにしても、必ずしも、そのスタイルを前面に出していたブランドが衰退してしまうということはありません。しかしアルマーニのように、独特のスタイルを一つのブランドが代表してしまうと、そのスタイルへの「飽き」は、そのブランドへの「飽き」に結びついてしまいます。
その結果、アルマーニの「スタイル」の衰退とともに、「アルマーニ」そのものが紳士服の世界で衰退してしまったと言えるかもしれませんね。
「アルマーニは何処へ行ってしまったのか」という質問を頂いて、理由を色々と考えているうちに長文になってしまいました。読んでいただけて誠にありがとうございます。