かなり特殊で独創的な生地 -Watman

世の中の鏡なので

服は世の中の鏡のようなものですから、需要が非常に少なくとも、どうしても必要とする方がいる以上、それにあわせた生地や服はちゃんと存在しています。

例えば、歌手,手品師さんがディナーショーで身に付けるようなタキシードがあります。舞台衣装ですので、舞台映えするようラメが入っていたり、起伏に富んだ複雑な織目模様があったりと、とにかく非常に派手です。通常の着用には耐えませんが、とにかく舞台映えがします。

ほとんどの方は、そのような服がどこで入手できるのか見当もつかないと思いますが…実は、普通のオーダー,テーラーで注文できてしまいます。テーラー,オーダー業界では、かなり昔から「〜ならこれ」と誰もが思い浮かべる生地サンプルがあり、それがワットマン「王侯の装い」です。

かなり特殊なコレクション

洋装 1994年6月 No.537

08
09

百聞は一見に如かず、サンプル第1ページはジャカード織です。ジャカード織は、複雑な模様や起伏に富んだ織物です。

01 02 03 04

ジャカード織は基本的に婦人服の方で多用されています。婦人物の礼装スーツから下着まで、全く珍しくありません。紳士物としてはジャカード織のネクタイがありますね。ソファの布張りや、ジャカード風の壁紙も多くあります。

これをタキシードの生地として使用します。このような極端にカジュアル化したタキシード(もはや礼装ではない)を、通常のタキシードと区別してファンシー・タキシードとも呼んでいました。

出来上がりのイメージは、氷川きよしさんや、一昔前の披露宴新郎を思い浮かべて頂けると丁度良いと思います。右の写真のような感じです。写真は1994年、今から15年前、代表的なテーラー業界誌「洋装(廃刊)」に掲載されていたものです。

景気の良かった頃のアメリカや、バブル絶頂期頃の日本では芸能人以外にも流行したようで、業界紙などでも盛んに紹介がありました。至って当然のように紹介があるので、多分流行していたと思うのですが、あまりに縁が無さすぎて実情は全く分かりません。親しい同業者でも仕立てた方は非常に少なく、私にとっては今でも良くわからない流行(?)です。

ただ、日本の一般的なパーティでは「女性を伴う」ものが非常に少なく、また女性もドレスを付ける習慣がありませんでした。女性のドレスを邪魔する気遣いも要らず、また男ばかり華もないため、華美を競う需要が高くなったのかもしれないと、何となく思っています。

当店は地方にあり、規模も小さいですので、このような洋服の需要は皆無でした。記憶にある限りお勧めしたこともなく、お仕立ても1度あるかという程度ですが、生地サンプルだけは今でも持っていたりします。

構成も特殊なものがあり、撥水性も強い

10 11
12 13

生地のコンポジションも特殊です。メタリックというカテゴリがあるのですが、そのコンポジションは「ポリエステル 87%, レーヨン 10%, ナイロン 2%, 金属 1%」です。

金属を含む生地が充足しているサンプルは「王侯の装い」以外に見たことがありません。写真でもお分かりのように、光にとてもよく反射します。ライトを浴びる際には非常に映えると思います。

また、非常に撥水性生地が多いのも特徴です。これもやはり、用途や職業上の要請から来ているのかもしれません。

モニタ越し,ライトを浴びるため

タッサーやギャバジン、フランネルなど、通常の生地も多く収録しています。ただ、全体的に鮮やかでコントラスト比の高いもの、強靭なものが中心です。

これも私に経験が乏しいため、はっきり理由が分からないのですが、おそらくモニタ越しに映る場合や、ライトを浴びる場合、また遠方からの観客が予想されるホールの場合、間接照明の場合などを考慮したものだと思います。

そのような場合、通常のコントラスト比では「鈍い,ぼやけた」印象になりがちです。昼間の陽光では「ただひたすら派手」でしかないこのような生地も、薄暗い場面では映えることになります。

最近では、アマチュアの方でもコンサートを開いたり、プロ顔負けで舞台に参加する方もお見えになります。ステージ衣装などに困ったら、テーラー,オーダーのお店で相談されると良い結果が得られるかもしれません。...が、どうにも私はこの種の洋服の経験に不足しすぎています。

少し変わった特殊な生地のご紹介でした。

2009.9.7