三星毛糸 (Three Stars Tex)

有名ではない一流

Oscar, Academy,
Chop, Gorgeous

Oscar, Academy,Chop, Gorgeous

日本には名前が余り知られていないだけで、高い技術力を誇る生地メーカーが幾つかあります。国内外の有名ブランド、果ては生地メーカーなどにも供給していたりするのですが、そこは業界のお約束、誰も知らないことになっています。

そんな中小メーカーが世界的に有名になっても良いと思うのですが、なかなか難しいようです。今回はそんなメーカーの一つ、三星毛糸(Three Stars Tex)につきまして。三星とは言うものの、純然たる日本企業/国産で、アクアスキュータムに納めていることでも有名です。

極めて実直、高品質

Three Stars Tex 2008
No. Code Name Composition
9 1936 Old Dandy 100% Wool
11 1937 Old Dandy 99.2% Wool, 0.8% Polyester
11 1938 Old Dandy 99.5% Wool, 0.5% Polyester

100% Woolと書いてあるとしても、実際のところ、本当に100% Woolだけかと言うとそうでもありません。特定の色糸にはウールと非常に相性の悪いものがあり、その場合には色糸に化繊を使うことがあります。

しかし、コンマ何%以下の微量であること、化繊が混合されていると評価が下がることから、そのような微量の化繊混合は記載せず、100% Woolと記載します。

右は三星毛織の構成(Composition)なのですが、何とも正直なことに、そのコンマ何%の化繊混合が記載されています。あまりお目に掛からない記載です。よほど品質に実直だという印象がありますね。

しばしば、三星毛糸と言えば「コストパフォーマンスが高い」と評価されることがありますが、この評価は余り正確ではありません。そもそも昔から高品質です。どの価格帯であっても一定の品質(目付/織密)を確保しているのは当然として、更に風合いにも優れます。「モノ」として非常に優れているのが特徴です。

価格の物差し

Pure Cashmere 100% 410g/m2

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品質に対してコストパフォーマンスが高いと評価されてしまうと、汎用品のイメージがついて回りますが、実際には突き抜けた高級生地も織っています。

例えばPure Cashmereです。写真では分かりにくいのですが、「紋 (Wave)」が出る程に良いカシミアです。目付も410g/m2と十分です。つまり、これは汎用品でも何でもなく、かなりの高級品です。

以下は希少繊維、キヴィアック,グァナコ、それにカシミアの当店での生地価格になります。この価格でピンと来られる方はとても詳しい方です。正規の価格、新柄、このような構成でこの価格は、何かが間違っているのではないかと思う程で、有名メーカーの生地ではありえません。かといって、風合いや品質で他のメーカーに劣りません。

2008 Three Stars Tex
No Code Name Composition 2.0m Jacket 2.5m Coat
2 120 Pure Cashmere 100% Cashmere ¥141,120 ¥176,400
12 508 Qiviuk 100% Wool (Qiviuk30%) ¥141,120 ¥176,400
19 546 Guanaco 100% Wool (Guanaco27.6%) ¥117,600 ¥147,000

三星毛糸の立ち位置は、生地の「モノとしての側面」を贅沢に追及していると言えるかも知れません。モノとしての品質と価格のバランスにおいて、ここに適うメーカーはまず無いでしょう。

服飾業界の場合、「モノとしての品質」よりもファッション性が重要視されがちなだけに珍しいスタンスですが、一つの在り方として非常に好ましく思います。お買い得,汎用品として評価するべきではなく、他に似た立ち位置の企業がないことから、ZegnaやDormeuil、御幸毛織、大同毛織などと並び称されるべき独自のメーカーと言えるでしょう。

モノとしての一流

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高品質ながら相対的に安価という特徴を持ちますが、これには恐らく理由があります。それは「生地の色柄と提案の寡少」です。三星毛糸の生地サンプルは、良く言えば「普遍的,伝統的」でシンプルなもの、悪く言えば「面白みには欠ける」もので占められています。

Zegna社やDormeuil社は、豊富な提案、実験的なデザイン、魅力的なブックを持っています。当然、これらの魅力は価格に反映されます。そのため、三星毛糸に比べて相対的に高価です。他方、三星毛糸にはこれらが殆どありません。つまり、三星毛糸の価格は「モノとしての実直な価値」の反映であって、海外有名メーカーの価格は「モノとして価値+無形の価値」の反映ということになりますね。

ただ、「モノとしての品質」は「無形の品質」に比べ、維持するのも難しく、外から調達するのも難しいという問題があります。更に一度でも失われてしまうと復活させるのは非常に困難です。

例えば某英国メーカーは、僅か2-30年前の自社製品を何とか入手しようとしています。これは自社製品であっても、合理化の結果、技術の承継に失敗してしまったためです。

いざ当時の生地を復活させようとしたものの、既にその頃の知見や技術が失われており、取り掛かりがないどころか、研究資料にも不足します。そのため、復活の資料として、2-30年前の自社製品の入手から行う羽目になってしまいました。「モノとして優れる」というのは、それだけで実現困難な美点です。

三星の生地をどう楽しむか

非常に高い品質, 伝統的な色柄、優れた価格、これらの特徴を生かして楽しむには、まずは替えズボンで試すというのが良いかも知れません。ズボンは負荷が掛かるので、摩耗が早くなります。そのため耐久性が必要となります。また、脚を包むものですので、風合いや手触りの良いものほど快適です。替えズボンには抜群,最適の生地と言えるでしょう。

次には伝統的な色柄が好まれるビジネス・シーンにも相性が良くなります。風合いは極めて優れていますから、高級感ある風合い、心地よい滑らかな触感と着心地、それでいて嫌みのない質実な印象、高頻度の着用に耐えるスーツになります。

もう一点としては「生地ではなくデザイニング/小物で遊ぶ」という楽しみに最適です。主張のない生地ですから、実現したいデザインを剥き出しに強調できたり、アクセサリなどコーディネートを映えさせたい場合にも最適でしょう。

もし行きつけのお店で見かけたら、是非一度、サンプルをご覧になってみてください。通好みではありますが、本当は、こういう生地こそエントリーにも相応しいと思います。

2008.11.01