ドーメルの再上陸
ドーメル, Dormeuil
ある程度の年齢の方であれば、良い英国生地と言えば、間違いなくドーメルと返ってきます。ただ、日本では商社/問屋経由でしか生地が入らなかったため、バブル期以後、商社/問屋が消極的になるとまるで目にしなくなり、情報も途絶えがちになってしまいました。
ただ、世界的には高い人気を博しています。例えば香港です。私が直近で仕入れたのは昨年のことで、香港経由で入って来たものでした。ドーメル社は「ニューヨーク・パリ・香港の現代の人々は、高機能スーツを求める放浪者である」として新生地を開発した力の入れようです。
この10年は情報が少なかったですから、ドーメルと聞いても、30代以下の方はどんなメーカーなのか、今ひとつイメージが湧かないようです。昨年、ドーメルは日本法人, Dormeuil Japon を設立し、当店のように小さなテーラーでも正規に取扱が可能になりました。そこで、若い方には新鮮で、お馴染みの方にも新しい Dormeuil をご紹介してみたく思います。
沿革など
1842年に設立された現存する最古参メーカです。高品質で英国の伝統的な生地を生産し続けています。当初はオーダー用の生地専門でした。Dormeuil との社名は1863年から使われます。1880年代の初期からニューヨークに店舗を構え始め、1960年には既製服市場に参入し始めます。日本ではバブル期以前、紳士服は「英国のもの」という認識から、オーダー用生地メーカとしてはドーメルが他を圧倒していたと言っても過言ではありません。
特に、1957年に発明された Tonik が白眉です。以前、三杢ポーラ, 3 ply poral がかつての夏服の定番だったと書いたことがありましたが、これはウール地です。当然、これよりも軽く上質のモヘア(Mohair, アンゴラ山羊毛)で作れば更に快適なのですが、モヘアを撚ることができませんでした。これに初めて成功したのが Tonik です。
Tonik には極めて根強いファンが多く、一昔前、テーラーは「お米と同じ」とまで呼んでいました。変な言葉ですが、要するに「出来る限り値打ちに仕入れるべき必需品」という意味です。
広範な品質と色柄、価格
ドーメルというと、馴染みの方には伝統的で硬派な色柄というイメージがありますが、最近ではイタリア流の光沢などを取り入れた生地も多くあります。
何しろ生地の種類は極めて多彩です。馴染みの伝統的な色柄のもの、目付の非常に良いものから軽いものまで、入門的なものから極めて豪奢な品まで多種多彩と言えます。目付もスーツ生地では230gの極めて軽いものから480gとかなり重いものまであります。
価格帯も極めて広範です。スーツ一着あたりの生地価格は、現在(06/02/06)のところ当店では¥35,200~¥1,058,400にもなります。極めて幅広い品揃えを有しています。
ただ、全般的に基本的な品質はかなり良いと言えます。現代的な色柄が豊富にありながら、なお目付の高さなどを維持しようとする所は、さすが英国老舗という所でしょうか。
Clever, Cool, Ice
最後に、右の写真は今年のドーメル、春夏のスタイルブックです。全体的に寒色を多用したものになっていて、知的で冷たい色気のあるものになっています。
イタリアのメーカーでは、暖色を多く用いたものが多く、陽気で鮮やかな昼の色気を感じさせますが、ドーメルはまるで逆、冷たく知的な夜の色気といった所でしょうか。実際の所、生地の中には「ICE」と銘打つものもあったりします。なぜかドリアン・グレイを連想してしまいました。イタリア/英国が逆向きのスタイルで、何だかとても面白いですね。
最近、日本は景気が回復しつつあるためか、中間色を用いる傾向が強くなってきました。景気の変化と色は関わる所があるようで、絶不調の頃には黒が、回復し始めると明るい色が増えてきます。
ドーメルには中間色を持つ生地も多いにも関わらず、世界的な景気回復の中で、イメージを「夜」に持ってきたのはとても面白く思います。
選択肢の増加
ここ数年はドーメル社の生地を取り扱うことが非常に少なくなっていましたが、これで選択肢の幅はバブル期前と同じ、或はそれ以上になりました。多様なことこそが楽しみの眼目ですから、これから日伊英と盛り上がればこれほど楽しい事はありません。