色々なディティール
ほんの一部ではありますが
今年も気がつけば年の瀬です。前回から随分と間の空いた更新になってしまいました。今季は例年に比べて多くのジャケット, コートのご注文を頂きました。真にありがとうございます。ジャケット, コートはスーツと異なって、とにかく種類が豊富です。
商社さんが調べたところ、コートは名前だけで約800種、重複があるにせよ何とも豊富です。縫製は勿論ですが、裁断でもディティルや仕様の確認から始めることになるため意外と手数がかかります。今季はお納めにもお時間を多く頂戴してしまいました。ご迷惑をおかけ致しました。
来年は今年と同程度でも、もう少し早くお納めできると思います。型紙が溜まるテーラーの特権かもしれません。ということで、今回はそんなジャケットのディティル、その一部につきまして。カントリー, 伝統的なものが中心になります。
パッチ patch
パッチとは、要するに当て布のことです。布は圧力が掛かると段々薄くなって行き、最後にはすり切れて穴が開きます。その補修に当てた布、又は穴開きを予防するために当てた布がパッチです。ジャケットでは一般に肘(エルボー・パッチ elbow patch)、または肩 (ガン・パッチ gun patch) が一般的です。両方付けることもあります。
Agatha Christie's Poirot s3 e10
肩につけたパッチを何故ショルダーではなく、ガン・パッチというのか、これは猟由来であるためです。猟銃は肩に台尻を押当てます。更に発射で強い衝撃と圧力が掛かります。それによる摩耗を防ぐためのものですから、ガン・パッチです。図aでは、肩の部分の色柄だけ45度ほど傾いているのが分かると思います。
素材はかなり自由です。同じ生地(共布)を使うこともあれば、異なる生地を使うこともあり、皮革も頻繁に使います。共布では印象が薄くなりすぎると感じる場合には、図aのように生地をバイアスとして使うことで面白みを強調することもできます。
カントリー色が強くなりますから、ゴルフ, 軽い山野行, サイクリングなど、体を動かす場面で良く映えます。かなり大幅に印象が変化する上に、ツィード系の生地であれば大抵よく映えますので、少し飽きがきた服の印象を替えるのにも便利です。
ヨーク yoke
ヨークとは切り返しのことです。色んな場所に入りますが、ジャケットでは背中に入れるのがポピュラーです。単なる装飾と思われている節がありますが、実際には機能があります。切り返しを入れることで、背中に立体を作りやすくなる = 余裕量を確保しやすいため、全体としてシルエットが奇麗になり、背中部分の身動きが楽になります。
そのため、身動きへの要請が強いカントリー系統のコート, ジャケットによく使われます。ジャケット以外ではカッターシャツです。多くのシャツに背ヨークが入っています。背中のプリーツなどでも形状も変わります。
ボックス/インバーテッド プリーツ, box/inverted plait
プリーツはひだのことです。ジャケットでは背の脇からウェストに掛けての2本、又は背中中央に1本入るのが一般的です。分かりやすいので、仮縫い時のものを使ってみました。
襞を作る時、内部に凹むように作るとインバーテッド(inverted)=逆ヒダと言い、表に凸となるように作るとボックス = 箱ヒダと言いますが、要はどちらから見るかの違いです。個人的には箱, 逆/拝みと言った方がしっくり来ます。…今更ではあるのですが、時々、服飾用語が辛くなることがあります。逆くらい素直に逆と言いたいです。
紳士服のジャケットの場合、これを用いる代表的なジャケットがノーフォークです。プリーツはヨーク以上に背中の余裕量を確保します。かなり背中に自由度が高くなりますから、身動きする用途では頻繁に採用されます。ボックス/インバーテッド共に使います。
ベルト belt
これも現在では単なる装飾と思われている節がありますが、元々は本当に「ベルト」です。ジャケットを前で縛るためのベルトを、ベルトループの代わりに縫い付けたものです。今でも前で縛るタイプのカントリージャケットがあったりします。前で縛らない場合、装飾としての意味合いが強くなります (完全に装飾とは言い切れない部分もあります)。
ポケット
スポーツ, カントリーで、最も見た目にはっきり分かる特徴は「ポケット」かもしれません。野外活動では両手を使いますから、ポケットは沢山あった方が便利です。ちなみにカントリー(野外活動想定なジャケット類)は、ポケットに雨蓋があるのが普通です。理由はそのままです。雨に降られることを想定するためです。
しかもエレガントさよりも実用重視ですから、中に少しくらい大きなものでも入った方が便利です。ですから、「ポケットが広がるようにプリーツが入る, 何かしらの補強要素がある, 数が多い」という特徴を持ちやすくなります。ポケットの種類や作りはとても豊富で、いつかざっとイラストにしてみたいと思います。
他者のある機能性
上記のディティルは全て実用本意のものです。実際に僅か数十年前までは、これらの服がカントリー, スポーツ用途として実際に用いられていました。当時としては用途,意図に対して最適化された服、合理的な服です。
他方、現代のスポーツ・ウェアは更に合理的です。素材は化繊/合繊を駆使して軽量化、工学の知識を集めて作ります。最終的にはオリンピック選手用のスポーツ・ウェアでしょう。良く言えばストイックです。けれども悪く言えば社会性がありません。その楽しみには、打ち負かすべき他者、観覧者としての他者しか存在しません。「結果を出す」という目的にストイックである以上、それで問題がありません。
ただ、プロでもなくオリンピックでもないスポーツは、もっと社交的で社会的です。ゴルフではスコアに拘泥して顧みない人を「スコア亡者, プロの真似をする無粋」と口悪く揶揄したりしますが、私もこれが何を意味するのか、当初さっぱり分かりませんでした。これは要するに「他者不在」を揶揄していたわけです。結果に対してストイックと言えば聞こえが良いですが、それは「楽なら良いではないか」と口走るオジサン/オバサンの自堕落と陸続き。
全ての道具には必ず意図があり、当然、服にも必ず意図があり、しかもそれは外部に見えてしまいます。ストイックと評価されるのか、他者不在の無粋と評価されるのか、コインの裏表です。スポーツ, カントリー・ジャケットは「結果に対して完全に合理化/最適化された服」ではありません。案外、そんな「他者を予定した機能性」に、ツィード・ランが盛り上がった理由があるのかもしれません。スポーツが、本当は貴族的なものであった欧州ならではと思います。