色々なコート

今冬お仕立てしたコート

raglan coat, ulster

ラグランコート

もうお水取りの季節になりましたものの、コートにつきまして。今年の冬にはとても多くのコートをご注文頂戴しまして、問屋さんにも珍しがられてしまいました。

今秋冬はラグラン、チェスターフィールド、ピーコート等々、およそ代表的なものを一通りをお仕立て致しましたので、コートの展示会のようになりました。お水取りの季節になってしまいましたものの、今回は少しばかりコートのご紹介につきまして。

コートの来歴

元々は古期フランス語のCote(完全な語源は不明とのこと Oxford)とされ、一番外側に着用する衣服の総称です。平たく言えば「上っ張り」で、18世紀にケープやクロークという外出着に取って代わり始め、20世紀になると丈の短いものをジャケットと呼ぶようになりますが、およそ交換可能な言葉であるとされています。

そのため、現在でも古いタイプの洋服であるモーニング・コート(morning coat)や燕尾服(tail coat)にはcoatという言葉が含まれています。また、ブレザーをblazer coat、スーツでもsuit coatと呼ぶことがありますが、これは特に男性/女性のテーラードを指していることが多いようです。現在の感覚だと欧州でもお尻〜膝丈のものをコート、お尻までのものをジャケットと呼ぶ傾向があるようです。今回は、コートはコートでも外套としてのコートについてになります。

軍服に由来するコート

ラグラン袖 / raglan sleeve

普通の袖 / set in sleeve

構造に基づく名前 / ラグラン・コート

コートの名前は色々ありますが、デザインに基づく名前、用途に基づく名前、構造に基づく名前など、色々ごちゃごちゃしています。普段はあまり意識していないのですが、こうやって文に書くと気になって仕方ありません。まず最初は直近にお納めしましたラグラン・コートです。

ラグラン・コートはラグラン袖(raglan sleeve)を持つコートの総称です。ラグラン・スリーブ、日本では肩抜き袖と呼んだりもしますが、この袖は通常の袖と異なり、袖付けの方法が全く異なります。雑な絵で申し訳ありませんが、右のように肩のところに切り返しが生じる特徴を持っています。

ご存知の方も多いと思うのですが、このラグラン袖、英国ラグラン男爵が考案したと言われており、肩周辺の動きが楽になるという特徴を持っています。

時期については2説あり、一つは「ワーテルローの戦い(1815)後、自分の失った腕のため」採用したとするもの、もう一つは「クリミア戦争の際(1853-56)、傷痍兵のために」考案したとするものです。不思議なことに日本語資料ではクリミア戦争の際、英語資料ではワーテルロー後とするものが多いような印象があります。

ラグラン・コートは袖の形状に着目した名称ですので、かなり様々なものがあり、ラグランのレインコートは、ラグラン・コートでもありレイン・コートでもあります (ややこしい)。

海軍に由来するコート

pea coat

  • ピー・コート / pea coat
  • ウォッチ・コート / watch coat
  • リーファー・コート / reefer coat

全て船員にまつわるコートです。全て丈が短いためか、〜ジャケットとも呼ばれます。ウォッチは船員用語で当直の意、リーファーは元来は帆を畳む人のことで海軍少尉候補生の俗称でもあるようです。これらは結局のところ、全て同じコートの別称というところが実際でしょうか。18世紀頃から見られるようになります。

Wikipediaを眺めていましたら、俳優のブラッド・ピット氏がこのコートを好むと知られているそうです。誰もが認識できるような固定的な服の好みを持っているところ、さすが俳優さんというところでしょうか。

  • ブリッジ・コート / bridge coat

同じデザインでも丈が太腿辺りまで長くなると、ブリッジ・コートと名前が変わります。Bridge/艦橋ですから、将校さんだけが着用します。

そういえば、領分ではありませんが、ダッフル・コート / duffel coat も海軍由来とされています。17世紀頃のベルギー,アントワープのダッフル地方で織られた毛織物を用いていることからこの名前で呼ばれ、第1次世界大戦〜第2次世界大戦中、英国海軍で支給されました。

陸軍に由来するコート

trench coat *仮縫い

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今冬お仕立てしたトレンチはウール・ギャバジンのもので、写真もあったのですが、残念なことに紛失してしまいました。前回の仮縫い写真(綿ギャバジン)になります。

  • トレンチ コート / trench coat
  • ラグラン コート / raglan coat

海とくれば陸、陸軍のコートです。右の写真は前回と同じ仮縫いのものです。第1次世界大戦の折、trench(塹壕)に潜る兵隊さんが着用したためについた名称で、本来はレイン・コートです。雪や防寒用ではなく、風雨除けが主目的なため冬には向きません。退役軍人が市民生活でも利用したため、一般に広まりました。

1901年、英国陸軍省で公式に採用されています。過酷な環境に耐えるため、一般に厚手のギャバジン(綿/ウール)を用います。防水加工が施された綿ギャバをバーバリーと言うことがありますが、これは件の英バーバリー社が防水加工の綿ギャバを1935年に開発し、トレンチ・コートやレイン・コートに採用されたためです。

ちなみに、仕立て家業で馴染み深い防水ウールギャバは、英アクア・スキュータム社のものが有名で、社名自体がAqua(水)+Scutum(盾)です。登場したのも1853年、元は仕立て屋さんです。実は上のラグラン袖もアクア・スキュータムの裁断士が開発したとする説もあり、この場合、ラグラン袖の存在理由も「指揮刀(サーベル)を振りやすいようにとラグラン男爵から要請を受けて」となります。

トレンチもラグラン袖を用いたものが多く、ラグラン・コートの一種になることもあります。非常に硬派な印象があるため、ハードボイルドものの映画で多用されることが多く、最近ではマトリックスが有名です。個人的印象ですが、暗い陰のある情景に非常に良くあうような気がします。

もともと紳士服は軍服由来のものが多く、恐らくは過酷で酷寒の戦地でコートが非常に重要だったためなのでしょうね。また、欧州では古く貴族階級が軍の中枢を担っていますから、その結果として儀礼上の要請も同時に強くなったと思うのですが、どうなんでしょう。

紳士服の原型/派生としてのコート

チェスターフィールド / chesterfield

比翼

image

比翼とは二重構造になった打ち合いのことを言い、ボタンが隠れて見えない状態になります。

多分、和裁の比翼から来ている言葉だとは思うのですが、どこがどう一緒で連想されたのかは不明です。

とても残念なことに、これもお仕立てしたコートの写真を紛失してしまいました。コンピューターの中の写真は直ぐに何処かへ行ってしまいます。

チェスターフィールドは非常にシンプルなコートで、背広をそのまま長くした形状をしています。シンプルな形状ですから、フォーマル用に着用できます。勝手な印象ですが、英国の映画ではお葬式の場面で頻繁に出てくるように思います。1830-40年頃、6代チェスターフィールド伯が着用したことにちなみ、丁度エルキュール・ポアロや、シャーロック・ホームズが活躍した時代でしょうか。

特徴は、ほぼ背広と同じですから、特徴がないことが特徴かもしれません。上襟をベルベットで飾ることがあります。前は比翼かダブル、多くは胸がwelt(いわゆる箱ポケット)、脇にフラップポケットを付けます。通常の紳士服スタイルと同じく、細身で美しいラインが身上のコートです。

生地色は紺か黒、霜降りが専らでしたが、今では茶系統の生成り色もかなり多くなっています。これはカシミア混合が増えてきたためでしょう。個人的には最もエレガント且つ普遍的なコートだと思っています。

アルスター コート / ulster coat

アルスターカラー
ulster collar

重ね重ね申し訳ないことに、これも写真を無くしてしまいました。かなり多く写真を保存していたはずが、まるで残っていません。一体全体、何処へ行ってしまったのか。アルスター コートは、オーバーコート(防寒用外套)の一つ、というよりも典型例です。襟が特徴的で、アルスター・カラーと呼ばれます。アルスターは北アイルランドの一地方で、もともとここに産するウールを用いたために、そう呼ばれます。

…説明が雑破で分量も少なくなってきているのは、書くことがなかったり好みの問題ではなく、疲れてきたためです。なんだか、気がつけば随分と長くなってしまいました。

まとめ

欧州におけるコートは歴史も長く、古くは十字軍のサーコート、吸血鬼伯爵が着ていさうなジュストコルにまで遡るもので、日本の着物を紹介しようとする位に無謀な気がします。また、名称も色々と入り交じって、解りにくいものになっています。最後に、少しだけ整理してみます。

紳士服の
原型/派生
フロック・コート 正装 礼服〜汎用
モーニング・コート 昼間準正装
テイル・コート 夜間正装
チェスターフィールド 礼装
サック・コート いわゆる背広
デザイン由来 アルスター・コート    
軍隊由来 ピー・コート 海軍 カジュアル
〜タウン,
実際用途
ダッフル・コート
トレンチ・コート 陸軍
ラグラン・コート
用途上の名称 レイン・コート 防水
オーバー・コート 防寒
ダスター・コート 防塵

少しばかりの補足です。

軍隊由来のものや用途上のコートはラグラン・スリーブが可能で、基本的にはカジュアル,タウンウェアです。着倒すくらいのつもりで着用された方が良いコートです。

チェスター、サック、アルスターは非常に使用範囲が広く、普遍的です。特に、チェスターは何処へ出ても問題がない便利なコートと言えるかもしれませんね。

少しずつ書いていたため、気がつけば季節外れも甚だしくなってしまった上に、写真まで何処かへ行ってしまい、しかも無駄に長いという、とても大変なページになってしまいました。どうぞご容赦ください。

2008 03/07