本当の足長パンツ
足長パンツ
もともと日本の被服業界では、何らかの「機能」を主張したり命名したものは絶対売れないというジンクスがあったのですが、それを「はるやま」があっさり覆してしまいました。いわゆる「足長パンツ」です。
後続も多数出ており、服飾雑誌などをみると、このようなズボンの特集があったりと、もはや主流です。ただ、概ね以下のような特徴を持っている点で共通してはいます。
- ノータック
- 細身でタイト
- 膝から下が真っすぐ
- ウェストラインが背中側に向かって高くなる
ただ、以前にも書きましたが、元々は数ある既存のズボンデザインの一つです。そのため「本来の」デザインとは少し異なっています。正確に言えば、既製服として縫製しなければならないため、失われてしまっている部分があるという訳です。
例えば「ふくらはぎ」です。
足は棒ではなく
人間の足は棒状ではありません。脚の表側は比較的真っ直ぐなのですが、後ろ側には二つのコブがあります。「太ももと/ふくらはぎ」ですね。右の1~3は、脚の膨らみに合わせて、単純な線を引いてみました。
A
B
C
B'
C'
A.は極めて一般的なズボンです。足の全ての部分を覆いますので、太くなりますが、履きやすいとも言えます。
B.は足長パンツです。膝裏部分まで絞り込み、その下を真っ直ぐ踵まで延ばします。細くはなります。ただ、ふくらはぎの部分で当たりが出ますから、細くなり切れません。
C.は30年程前、ノータック/細身のズボン、手縫の作り方です。細くしますが、同時にふくらはぎ部分で湾曲させますので、当たりも出ず、徹底的に細くなります。
某雑誌を見ていたら「膝下が真っ直ぐだからこそ足長」とあったような気がするのですけれど、細身で「膝下が真っ直ぐ」というのは、むしろ褒め言葉ではありませんし、完全な足長でもありません。このようなふくらはぎの当たりを直す「くせ取り」という工程を省いたが故の特徴です。
右は実際の写真です。足長パンツB'は膝裏から下が真っ直ぐです。それに対して手縫のC'は湾曲していることがお分かりだと思います。
「くせ取り」が無かったら
B''
「くせ取り」があるとないでは、見え方も変わって来ます。左の写真B''はくせ取りがない足長パンツを着用した場合です。二本の白い矢印部分にシワと凹みが見えます。
太腿部のシワは、ふくらはぎの方向に生地が引っ張られるために起こります。脛の部分の凹みも同様です。これもふくらはぎ部分が足りないため、ふくらはぎ方向に引っ張られて生じているわけです。
これはまず見苦しさの原因になります。また、履きやすさという面で問題があります。歩いたり、何らかの所作をするたびに、ただでさえぴったりしているズボンが、ふくらはぎの部分で当たったり、引っ張られたりします。夏場、汗をかいたりすると更に不快かもしれません。
B'
C'
ところで、履きやすさや見栄えとは全然関係のないこと、業界の話になってしまうのですけれど、ズボンのディスプレイや写真にもくせ取りの有無が影響してしまうところが面白かったりします。
この二つのズボンの内、B'には置き方に工夫(?)が施されています。どういう工夫かお分かりでしょうか。既製品の足長パンツは必ずこの置き方をします。
答えは、B'の「裾部分が左に引っ張ってある」です。B'の膝部分は凹面に湾曲しておりますし、C'のストライプの流れを見て頂ければ、B'が逆「く」の字に折れていることが分かると思います。
D
これはくせ取りがない場合、真っ直ぐに置いたのでは、右写真Dのような凸状のシワが出てしまうためです(Dはわざと作ったものです)。そのシワは見苦しいですので、できれば見せたくありません。
このシワは「裾を左に引っ張る」という工夫(?)で消すことができます。そのため、既製品の足長ズボンや美脚パンツは、ディスプレイの際、必ず左に引っ張ってあるという訳です。
くせ取り
くせ取りは、縫製以前の段階や縫製中に行うアイロンワークです。慣れない方が見ると、同一の生地かと思うくらい生地は伸びます。なぜこれが既製服では行われないかと言えば、かなり手間が掛かるためです。
裁断後にくせを取り、仮縫いでくせを取り、更に本縫い、仕上げ、納品前と徹底的にアイロンを掛けなければなりません。くせを安定させるため、季節の湿度を考慮しなければなりません。(コンクール出品用ともなれば、お風呂で荒を確認するとも聞いたことがあります)。
ズボンは極めて構造が簡単ですが、まだまだ何処かしら工夫の余地が残っている様に思えます。既製服でもフル・オーダーでも、地味な工夫や作業をしてこそと思ったりもしますね。