10年陳腐化しないデザイン

体に合わせれば必然的に英国型に

前回は10年〜10年以上身につけるには、どのような素材などが必要かなどを書きましたけれども、今回は、デザインについてです。

紳士服のデザインは極めて無数にあります。流行もあり、デザインの変遷もあり、しかも地域性も、歴史も伝統もあります。しかし、結論から言えば、10年以上も陳腐化しないデザインとは、「体に合った服」です。体の線に沿った、何処にも引っかかることのない服です。

前にも書きましたけれども、紳士服のデザインは、基本となるシルエットにディティールを組み合わせたものです。そして、紳士服の流行は、そのシルエットのバランスを変更し、ディティールを加味したものです。

シルエット

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例えば右の図をご覧下さい。これは紳士服のシルエットをごく簡単に書いたものです。それぞれ、古い英国型シルエット(X)、大陸型(V)、アメリカ型(I)だと言われています。国によって基本的なシルエットが違うのは面白いものです。

ただ、それにも関わらず、最も普遍的なデザインはX型だと、ほとんどのテーラーが言うのではないのでしょうか。これはなぜかと言えば、英国調が最も伝統的だからということではなく、「最も人間の体にあった基本シルエット」だからです。

大部分の人の体は腰幅よりも腹部の方が小さくなります。これは「恰幅の良い方」でも同様です。恰幅の良い方は、基本的に腹部が「前」に出ます。そのため、正面から見れば、やはりX型になるわけです。さすがに小錦さんほど大きくなりますと、横にも大きくなっていますが、やはり大抵の方はX型になるわけです。

そのため、基本的なシルエットとしてX型が「人の体に合ったもの」だと言うことになります。Xのようなシルエットを持った服、これは英国調です。つまり、英国調が普遍的な原則デザインなのではなく、人の体に合う様に作れば、必然的にX型のシルエットになるため、流行に左右されないわけですね。

ディティールはそこそこに

ディティールが全体のシルエットと印象を壊さないということ、これが10年以上着るという点からは重要になってきます。ですから、ディティールの強調はそこそこに止めておくべきでしょう。

以前書きました様に、ファッションの目的は、他人に与える印象をどう変えるかという点にあります。ですから、その体型やシルエット、目的とする印象に最も近いバランスというのは限られてきます。例えば、X型のシルエットにあったディティールの大きさや配置を、そのままI型に移し替えると大変バランスが悪くなります。

また、完全な細部の積み重ねが全体を支配しないというところも服の厄介なところです。本切羽やお台場仕立てというのは、服全体の印象にあまり影響を与えません。差異を強調しやすいですけれども、やはりスーツ・スタイルという点では、あまり重要ではありません。

英国調ということを強調してしまうと

レジメンタル・ストライプ
Aberdeen University アバディーン大学
Carlton Club Carlton Club (結社)
1st Battalion Worcester Regmnt ウスター第1大隊
Oxford Country Cricket オクスフォード (クリケット)

英国調が最も伝統的だから10年以上身につけられる普遍的なものかと言えば、困ったことに、そうでもありません。例えばネクタイ、ネクタイはディティールではありませんけれど、スーツ・スタイルにはなくてはならない重要なものです。

しかし、これはスーツ・スタイルそのものとはあまり関係ないところで人の印象を左右することがあります。右はレジメンタル・ストライプの柄です。確かに英国調の代表格なのですが、この柄は、右のような「意味」を持っています。

ですから、このような社会的地位にないにも拘らず身につけていれば、英国人にとってはあまり良くない印象を与えます。ストライプの色柄と紳士服の生地がどれほどあっていても、バランスがどれほど良くてもです。

このような問題はスーツ・スタイルそのものの本質ではありません。場所や時代や、状況が変われば変化してしまうものだからです。しばしば、英国風が普遍的なデザインと耳にすることがありますけれど、やはり違うというべきでしょう。

体に合わないことを流行が緩和する

流行というのは、体にぴったり合っていないにも関わらず、「面白さ」という点が上回ってしまうところに本質があります。面白くなければファッションじゃありませんけれども、10年以上という観点から見れば問題があります。

例えば非常に大きめな服を身につけたとします。袖は手の甲を覆うほど長く、丈は膝上まで。このような姿を現在みれば、まず間違いなく「だらしない」と思われるはずです。他方、極端に細さを強調して、袖丈も短く、丈はお尻が出るくらい、肩は収まらないという服を見れば、本来なら「余りに窮屈」と思われるはずです。

これらが許されるのは、「流行に合った」というバイアスが掛かっているためです。そのため、その流行が去ってしまえば元々の印象に戻ってしまいます。つまり体に合っていない服という訳ですね。

つまり、10年以上つき合うことの出来るデザイン、それは「体に奇麗にあった服」というわけです。10年たてば体型が変わるのではないかといった疑問を頂くことがございますけれども、将来の体型変化に対応できるように、適度な余裕量を予め確保していますので余り問題は出てきません。逆に適度な余裕量を折り込めないほどの小さい服が、流行ならではということです。

…つまらない服のように思えるかもしれませんけれど、一度、このような服をお仕立てになられると、服に対する印象が180度、変わってしまうかもしれませんよ。このような服、つまらないとするのはちょっと早計です。理由は…、またそのうちにということで。

2004.11.14