脚長スーツ
大ヒットの脚長スーツ
大規模量販店の「はるやま」が、脚が長く見えるスーツを販売したところ、前年比1.6倍以上の売上、大ヒットとなりました。脚が長く見える、とはどういう意味でしょう。もしこれがお分かり頂ければ、既にお持ちの服を利用することができますし、服の選択幅が増えますね。
脚が長く見えるジャケットとは
重心の位置
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脚が長く見えるデザインとは、別に特殊なデザインでも何でもなく、良く知られたデザイニングのアレンジです。ただ、それを徹底しています。
まず、ジャケットでは重心を上にもっていきます。一番大きなところでは腰の絞り位置です。これをできるだけ上にもっていきます。普通、人は腰の絞り位置から上を上半身と見てしまいますから、その下が長く見えます。その結果、脚も長く見えるという訳です。(図1, 2)
更にVゾーンも浅くします。ますますジャケットの重心が上に上がります(現在の流行ではありませんが、ここで更に襟幅を少し大きめにとると、更に重心が上がります)。その結果、全体的に細い感じになります。当然、脚も長く見えます。(図3, 4)
まだまだ工夫できます。色の合わせ方も大事です。上半身に重心を持っていけば良いのですから、更にVゾーンを目立たせれば良いわけですね。ネクタイやシャツに補色を使ったり、明度や彩度を上げるなりの工夫をします。アクセントとして、シャツやネクタイを工夫して、目立たせる事により、更に重心が上に上がります。(図5,6)
5.6.の形状は全く同じですけれども、見え方が違う筈です。ここまで来ると、1. と 6. では脚の長さが全く異なって見えるはずです。ジャケットとズボンの丈、幅は全く同じにしてありますけれども、印象が全く違います。随分細長く見えませんでしょうか。
この他、肩幅を細くする、袖も細くする、ゴージ位置を上げるなど、全体的に細く細く、縦の長さを強調すれば、基本的には脚も長く見えます。・・・つまりは現在50〜60歳の人には馴染みの深い、いわゆる Mods ですね。Modsではカジュアル過ぎるので、Modsに近づけたジャケットという事です。
Mods とは、1960 年代前半英国、イタリア風のファッションと黒人音楽(R&B, ジャズ)を好んだ人達や、その人達特有だったファッションを意味します。
Modern の短縮形の Mod、Mod な人達ということで、Mods です。日本でもビートルズの影響もあって、65年位から流行しました。ただ日本では、アイビー・スタイルと一緒に扱われていたようです。
脚が長く見えるパンツとは
脚を長く見せる方法は二つあります。一つはズボン自体を細くすること、一つはデザイン的に細く見えるようにする事です。
デザイン的に細くする方法、これはお尻の位置を高くし、膝位置を高くし、膝から下を真っ直ぐに伸ばせば細く見えます。
物理的に細くする方法、これは一つしかありません。脚にぴったりとして余裕がなければないほど、細くなります。雑誌モデルでは、細さと長さを強調するためか、余りに細くしすぎて「座れない」パンツも多いです。ジャケットやコートもそうで、後ろに回ればピンだらけです。それでシワをとったり、細くしたり、デザインを強調しています。モデルとほぼ同じ体型の人が、同じブランドの服を着ても同じ雰囲気にならないのは、こういうところに理由があります。
この二つの方法は至って普通の事で、従来からもしばしばとられる方法でした。
カッティング上の工夫
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しかし「はるやま」さんは、ここで更にもう一工夫、カッティングのレベルで従来品とは違う工夫があります。一言でいえば「物理的に細くしても座れるような工夫」をしたのです。当然オーダーで作る事ができますが、既製服では類似品がでない限り、「はるやま」さんでしか手に入りません。
「はるやま」さんの脚長パンツ、これもできうる限り物理的に細く作っています。
1が従来のデザインです。2が細くしたデザインです。デザインとしてはまず膝位置を上げます。そしてその部分をストレートにして、臑を長く見せます。そしてお尻の位置を上げ、お尻の線にぴったりそったシルエットにします。
そして、物理的にはできる限り細くします。しかし、細くしただけでは座れません。どこかで余裕をとらなければ座れません。この余裕の取り方に工夫があります。
図で描くのは困難なのですが、通常のズボンでは座るための余裕を「腰の横」でとります。タックを入れたり、膨らませたりします。座りやすいですが、当然横に広くなります。この座るための余裕は必ず必要で、「腰の横で余裕をとらないなら他でとる必要があります」。
まず、2 の様にズボンの背中側に傾斜を付けます。この結果「お尻があまる」ようになります。結果、座れます。立ち姿を後ろから見ると、少しシワが出るのですが、とりあえず前からの姿は問題ありません。
余裕量を全てお尻でとると、お尻があまりすぎます。そこで更に「腰の横」ではなく、「股」のところで余裕量を確保しています。その結果、前から見れば十分細いのですけれども、同時に座れるようにもなります。実用からの要請に、何とか流行のデザインを合致させたのは優れた工夫と言えますね。
脚長スーツが似合う人、似合わない人
「はるやま」さんは、この脚長スーツをリクルート・スーツとして販売しています。つまり基本的には若い方をターゲットにしています。流量から見ると、40代の方も好んで買われるらしいのですけれど、基本的には合いません。
- 体が細い
- 体が鍛えられていて、特にお尻が大きい
- できればY体、辛うじてA体
- 顔が細いか、小さい
はるやまの「脚長スーツ」デザインというのは、このような方に似合います。もともと脚の長く細い人の特徴を、更に強調する意図を持っているわけです。
ただ、これは既製服でデザインが固定されているから似合わないのであって、補正したり、余裕量をとる場所を調整したりして、それ以外の体型を緩和させる方向で調整することができます。もともと服はその人の持つ体型の印象を、どう変化させるかというのが眼目ですから、はるやまの「脚長スーツ」の傾向を取り入れれば良いわけですね。
ところで、最近の女性の流行はお尻の大きさを強調する傾向に向かっているようで、アメリカで特に顕著です。ダイエットするにしてもお尻だけは痩せたくないそうです。女性にしろ男性にしろ、最近の服はお尻が大きいことが基本となっているようです。