周囲の色
周囲の色
まだ夏には間がありますが、真夏の海へ行ったとします。空は紺碧で海もまた青々としています。その中ではどんな服が似合うでしょう。夏と言えば古くから白麻ですけれど、これは青の中に波頭、雲が浮かび、あちこちに真っ白なものが散っているからだと思います。
古来、日本では色について感覚が鋭く、平安期の女房装束等を見ると、その多色使い、鮮やかさに驚いてしまいます。ちょっと手元の図で数えてみました。・・・・なんと6色も使っています。
平安期、建物は低いですから、視界に空の入る面積は大きくなります。見上げることをしなくても、直ぐに空が目に入ります。街から一歩出れば、緑に溢れる山々や川に周囲を囲まれます。また邸宅の中は薄暗かったでしょう。当然木造ですし、他に色があると言えば畳だけです。そのような環境の中で映えるということを考えれば、どうしてもある程度は鮮やかにならざるを得ません。
ところで大正時代、梶井基次郎の代表的小説に「檸檬(レモン)」というものがあります。旧丸善を舞台にした極めて短い小説です。古い本屋を舞台にしているのですから、今の書店とは相当異なり、内部は木造だったのではないかと思います。新刊書店ではなかったようですから、大判で布張りのくすんだ表紙が多かったのではないかとも思います。そのような赤褐色や、鈍い青が支配している空間の中に置かれた一顆の檸檬は、周囲の色合いを全て吸収して、さぞ鮮烈な印象だったのではないかと思います。
人は周囲を様々な色に取り囲まれています。現代の街中は様々な色が溢れています。ネオンや看板、ビル、様々な色が自己主張しています。一貫性は余りありませんし、それだけで更に煩く見えます。その中で多色を使うのは中々困難です。
ただ、それでも場所場所によっては支配的な色があります。ホテルの中では、間接照明を使って淡い落ち着いた色合いの所が多くあります。その中ではどんな色が合うでしょう。まさしく「檸檬」と同じようなところですから、一カ所だけ鮮やかなレモンイエローの何かをあしらっても良いかもしれません。原色のネオンや看板が支配的な繁華街であれば、むしろ色が全くない「黒」も映えます。最近、黒が流行しているのは、そのせいかもしれませんね。
服で色を合わせるとき、服単体のカラーコーディネートも重要なのですけれど、それと同じ位、あるいはそれ以上に周囲の色との関係も重要になって来ます。もっとも、そうは言うものの、何も難しいことを考えている訳でもなく、ただ、これから出かけていく場所が、何も特別な場所ではなくても、どういう色が支配的か思い起こして、その中に自分をどういう色で置いたら映えそうか、そんなことを考えるのもなかなか楽しく思いますね。