なぜかVゾーンがUゾーン

胸元が開く

気がつけば梅雨の声が聞こえてきました。今年の五月は随分と荒れ、真夏のように暑いかと思えば肌寒く、欧州では経済まで荒れ模様。宮崎では口蹄疫が猛威を振るっているそうで、心よりお見舞い申し上げます。なんだか非常に荒れた五月です。今回は久しぶりに洋服(ジャケット)の構造についての話になります。

V型

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U型

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最近、サイズがあっているジャケットを買った筈なのに、なぜか胸が浮く,開いたようになるが、これはなぜかというご質問を頂くようになりました。

言葉にすると分かりにくいのですが、図のような状態です。つまりVゾーンのところがVではなくU字状に開いてしまう現象です。欧州で多い現象です。

この問題、実は過去にもよくありました。尤も、これが目立って問題になったのは、かれこれ30-40年くらい前になるのでしょうか。そのため少し断絶が起きてしまっているのかもしれません。

自分の胸とジャケットに隙間が空くため「余っている」ように感じる方が多く見えますが、実はその逆、「不足している」ために起きる現象です。

左側のVゾーンのジャケットでも、背中側を摘んで引っ張れば胸が足りなくなり、ちゃんと(?) U字型にVゾーンは開いてしまいます。

つまりU字型に開いている場合、「表示のサイズはあっていても胸巾が小さすぎる」ことになります。余っている,浮いている感じがしても余っていません。これはその着用者にとって、服が小さいために生じています。

体に対して胸巾が足りない

なぜ表示サイズやそれ以外が体にあっているにも関わらず、この現象が起きてしまうのか。理由は大きく3つ、流行,体型,姿勢です。

まず流行が細身であることから限界ぎりぎりまで細くする結果、現状流通している服は非常に余裕量が減っています。そのため、既製服や補正を省略したイージ・オーダーでは体型,姿勢の影響がかなり強く出てしまう事情があります。

胸 > 背中

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胸 < 背中

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次に体型と姿勢です。ジャケットに対して胸板が厚い、または「胸を張った姿勢」の場合、体の中心線に対して胸側が長くなります。その結果、その想定がない服の場合、胸巾が不足することになります (胸>背中)。

他方、ジャケットに対して胸板が薄かったり、俯き加減の姿勢の時には背中側が長くなります (胸<背中)。この時は開くのではなくVゾーンが閉じる方向に圧力が掛かります。同業者間では「服が逃げる」と呼び、ジャケットの裾が大きく外に広がっていきます。

つまり、タイトなシルエットを着用している際、通常の姿勢やデスクワークではこの問題が生じないのに、人前に出ての挨拶,講演,プレゼンテーションなどで発生してしまう厄介さを持っています。

胸巾を増やすと洗濯板

解決自体は単純です。胸巾を出せば良いのです。但し胸巾を単純に大きくすると、今度は胸のボリュームが失われ、一昔前ののっぺりした洗濯板のような印象になります。体に対して服が大きいとボリューム感は死にます。しかし既製服ではやむを得ません。

円錐の展開図

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位置

問題はテーラーの場合です。テーラーの場合、これが起きては恥でしかありません。ただ、現在の流行が非常に細身であるため、縮縫込み(ウールの熱塑性で固定しつつ縫製する手法)では吸収しきれず、無理をすると非常に固くなります。特にデスクワーク中心の方に多い怒り肩の方で困難が生じます (その理由の説明は型紙がないと非常に難しいので今回は割愛させてください)。

そこで一般に「摘む」手法がとられます。マニピュレーションとも呼ばれます。円錐の展開図をつながれば、立体となりボリュームと余裕が産まれる理屈です。(実際には切りませんので便宜上の表現です)。胸巾を出す際にはゴージカットと呼んだりします。

ただ、この手法には問題があり、摘んだ箇所に必ず縫い目が入ります。紳士服では伝統的に縫い目の入っても良い場所が限定されるので、縫い目を増やして解決する手は邪道とされます。しかし逆にいえば「要請が強い+縫い目が分からない」ならば避ける理由は何もありません。

例えば婦人服ではBの箇所でマニピュレーションを行いますが、紳士服ではAで採ります。また「ナポリ仕立て」という本で恰幅の良い体型対策として紹介されていたものは、Cの位置で採るマニピュレーションです。Cの位置で採ると、ポケットの口を利用するので、全く分からなくなります。

マニピュレーションは線の繋がりと補正のとても面白いところで、昔は専門の教科書もありました。

普段の姿勢がとても大事

オーダーの場合、主たる着用用途をご注文を受ける際には必ず伺います。それにはこういう理由もあるわけです。つまり姿勢は擬似的に体型を変化させてしまう効果があるので、特定の体型に最適化してしまうと、その想定外の姿勢をとった時に見栄えが壊れてしまう訳です。

既製服, 補正がないタイプのイージ・オーダーでは更に問題があり、体型補正も無ければ姿勢の考慮もありません。そのため、服を試す際には「最も自分が重視する姿勢, 最も自分が普段取る姿勢」を基準にする必要があることになりますね。

特に最近では既製服に随分と余裕がなくなっている上に、均質化があるようで、以前東京へ伺った際、たまたま見かけた10名ほどの集団全員の胸がU字状に開いている光景を見てしまい驚愕した覚えがあります。ある意味、珍しい光景でした。

ということで、オーダーでも既製服でも、最も重視する姿勢, 普段の姿勢が大事というところに落ち着いてしまいました。

2010.05.25