手縫と機械

服は袋のようなもの

手縫縫製と機械縫製との違いです。最近では徐々に機械縫製も良くなってきておりますけれど、手縫縫製と機械縫製では根本的な考え方の違いがあって、その違いが細部の色々な所で現れてきます。ただ、リクエストもございましたので、なんとか挑戦はしたのですが、サイト上でご紹介するのは無謀でした。

そこで、少しだけ、最も書きやすいところで、違いが出やすいところを書く事にしました。きわめて簡単な説明になりますが、ご勘弁下さい。

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服は何枚かの布を重ねて作られています。例えば裏地、毛芯、表地が重なって服はできているわけです。

これを重ねてそのまま縫ってしまえば、右のようになります。そして、これを引っくり返せば、縫い目が中に入って奇麗な袋になりますね。これが基本的な服の作り方です。

機械縫製では、この布地、全てを一度に縫い上げてしまいます。そして、想像もつかないようなとんでもない場所、小さな隙間で、一気に引っくり返します。

口で言うのは簡単ですが、想像してみてください。胸・腰ポケット、隠し、襟、ラペルなど、紳士服には無数に細かいものが付いています。それを全部まとめて縫って、一カ所で引っくり返す訳ですから、とんでもなく複雑な話です。

ただ、まとめてミシンをかけて、最後にくるっと引っくり返す訳ですから、手間暇かかりません。早く、手数がかからない結果、安価です。

まとめて引っくり返した場合の欠点

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機械縫製では、乱暴に言えばぐるりを囲んで縫ってしまうので、色々問題があります。一番の問題は弱さです。弱ければ、着崩れが早く、シルエットが崩れやすくなります。もし接着芯であれば、決定的に弱くなり、シルエットの美しさは期待できません。

たとえばポケットです。ポケットは中にポケット用の袋布を入れて作ります。機械縫製では上の図のように、周囲をミシンで縫い付けていく方法をとりますから、袋布の下の方で固定することになります。

ポケットは、中にモノを入れると、丁度、振り子のようになります。ポケットの口が支点となり、中のモノが重りになります。しかし、このポケット振り子、下の方を固定してしまうとどうなるでしょう。

当然、振り子は揺れません。その結果、ポケットの中にいれたモノの形が、表地の方へ向かって現れます。丸いボールを入れると、裏表均等にふくれあがることになりますね。ポケットの中にモノをいれると目立ちます。

更に、ポケットの口と下部では、下部の方が丈夫になるため、長く着るとポケットの口がへたってきます。ポケットの口が開いたまま閉じない既製服をご覧になった事はありませんでしょうか(参考)。手縫いに比べて、こういう状態になりやすいです。

他方、手縫いの場合、全部まとめてひっくり返すという事をしませんから、途中で「綴じ」という手法をとる事ができます。芯に袋布を縫い付けて丈夫にする事もできますし、なによりポケットの口で固定する事ができます。

長く着てもポケットの口自体が頑丈ですから、開いてくる事もありません。更にポケットの口が固定されていて、下部は自由になっていますから、ポケットにものを入れても「内側に逃がす」ことができます。その結果、丸いボールを入れれば、内側のふくらみの方が大きくなり、外への影響は少なくなります。

このような差異が無数に出てきます。

軽いクラシコ・スタイルを手縫いで作ったら

最近の流行は軽い服です。このような軽い服は、乱暴に言ってしまえば本来の手縫いオーダーから「工程を省いて」作ります。手縫いオーダーの服を既製服に近づければ軽い服になるわけです。当然、日本でも手縫いで作る事ができます。

しかし、手縫いの服を既製服の構造に近づける結果、どうしても見た目が既製服に近づきます。手縫いにしたにも関わらず、ぱっと見は機械縫製と変わりません。高価な手縫いにしたにも関わらず、一見は既製服に似ていますから、消費者の方にはなかなか受け入れられません。

イタリアのサルトリア、カラチニ 一族という名門手縫縫製の職人集団がいます。一着あたり30〜40万円程で世界中から依頼を受けています。先日、某大手毛織メーカの講習会でその服を拝見させて頂きました。柔らかい服だったのですが、美しいシルエットに、軽く丈夫な服で、見事なものです。

しかし日本の消費者の方がまず嫌われるような、シワ、仕上がりの悪さも目につきます。これを見たテーラーの多くは「日本では取り入れられない」と考えます。日本ではこのようなシワが嫌われるため、手縫縫製では僅かなシワを取り、体型への補正のため、できうる限りの補強をします。例えば内部にテープをはり、型くずれを防ぎます。

その結果、どうなるでしょう。重くなり、固くなります。評論家諸氏が言うところの、「日本の手縫縫製は風合いが殺されて固い」という批評が出てくるわけです。本来の手縫縫製から「工程を省けば」柔く軽い、丈夫な服へアレンジできるのですが、その結果現れる欠点に、日本の消費者の方々は寛容ではありません。

これはやはり服というものに対する文化の長さの違いによるものだと思います。上記カラチニ 一族の場合、手縫で柔らかい服を作り、シワが出ても、「それは必要かつ止むを得ないシワ」と一言で済ませてしまいます。肘の当たりにシワが出ても「手を前に出すための余裕です」と説明し、イタリアの消費者の方もそれを理解する事ができます。

手縫で軽い服を作れば、機械縫製よりも、そのシルエットは長持ちし、しかも着心地が良いのは間違いありません。しかしその見た目が機械縫製に似てしまうため、手縫縫製で軽い服というのは、あまり日本では見かけないわけです。

現状での使い分け

現在の流行は本来の手縫縫製を機械縫製に近づけたものですから、機械縫製との相性が良いです。そのためある程度の価格帯の機械縫製であれば、かなり良いものが出来上がります。それと日本の消費者の好み、傾向を考えると、以下のような事が言えます。

- 手縫い 機械
価格 10万円前後〜+生地 2万円〜7万円+生地
利点 抜群の着心地、美しいシルエット 現在の流行との相性が良い
欠点 夏場は暑い、重い シルエットと着心地を求めれば結局は高価
安価に過ぎれば大量量販店と同じ

簡単に言えば、

  • 手縫では常に着心地とシルエットの維持は機械縫製より上回ります。
  • しかし軽くする事は機械縫製に近づける事を意味するため、
  • 一見、機械縫製と手縫では違いが分からない。

と、なります。しかし、見た目は似ていても着てみれば違いがお分かり頂けると思います。私自身、秋冬になると、機械縫製のものはあまり身に付けません。軽く作っても手縫の方が着心地がいいためです。

当店では手縫でのお仕立代と、イージ・オーダーの最高価格帯でのお仕立代は、3万円程しか変わりません。恐らく、多くのテーラーで同様だと思います。イージ・オーダーも悪くはありませんが、生地選択をうまくすれば、手縫いは別段高価ではありません。手縫いもぜひ一度はお試し下さい。きっと満足頂けます。

2004.7.8