ナイロン糸は万能?

ナイロン糸は万能?

化学合成繊維は非常に強く、しかも伸縮性があります。ですから布と布を縫い繋ぐ縫製糸にはもってこいです。更に安価です。絹糸の縫製糸が一巻き1,200円もしているのとは比べ物になりません。更に一般的に絹糸は弱いと言われています。

しかしそれでも「比較的」高級な服には絹糸が未だに使われています。これは単に豪華趣味、贅沢趣味からというわけではありません。絹糸を使うには使うだけの合理性があるのです。ナイロン糸やポリエステル糸は万能ではありません。たかが縫い糸ですが、縫い糸にもこだわるだけの理由があるのです。

1. 絹糸は熱に強い

熱に強いか否かなど、一見服には何の関係もないかのように見えますが、実は大変大きな関係があります。「摩擦熱」です。

パンツは下半身を覆いますから、意外に注意が向かない事が多いです。ここでパンツの縫目などを椅子や何かでキュッと擦れてしまう事があります。ナイロン糸では摩擦熱で簡単に溶けてほつれてしまいます。今でも靴ひもに麻糸を使います。化学繊維では溶けてしまうからです。絹糸は自然繊維ですから熱に強い。日常の摩擦熱などもろともしません。

2. 絹糸は経年劣化する

絹糸は経年劣化します。自然繊維ですから時間の経過とともに劣化します。かたや化学合成繊維のナイロンやポリエステル糸は、丈夫で劣化しにくい。逆説的ですが「劣化するから絹糸は優れている」のです。

理由は端的です。布地も自然繊維ですから、時間の経過とともに劣化します。ウールにしろカシミヤ生地にしろ、自然素材ですから劣化を免れません。

もしここで、劣化したウール生地を、ほとんど劣化していない何トンもの重さにも耐える強靭な糸で繋いでいたらどうなるか。少し引っ掛けただけで簡単に布地が破れます。糸だけ残って生地の方はぼろぼろです。

しかしもし、同じように劣化する絹糸を使っていたらどうでしょう。引っ掛けたとしても「糸が先に切れて」生地は傷付きません。糸が切れただけでしたら、修理もきくと言うものです。安い服でしたら問題ありませんが、高級品で修理できないとなると目も当てられません。

また高級な夏服用生地は非常に薄くて比較的弱いです。この薄い布に非常に強靭な合成繊維を使ってしまうと、糸だけ残って生地の方はぼろぼろになります。

3. 絹糸は実は強い

絹糸は実は強いのです。弱いと一般的に信じられていますが、非常に強い。もっと正確に言えば「強くできる」のです。

今でも高級パンティ・ストッキングは絹で出来ています。肌触りもよく、吸湿性もありますから、非常に理想的です。しかも極めて薄く、つま先を覆い、足の下に踏み付けられているにも関わらずなかなか破れません。無論、ポリエステルやナイロンに比べて弱いものの、少なくとも「紳士服に要求される」強靭さは十分に備えているのは間違いありません。

ではなぜ、絹糸は弱いと信じられてしまったのか。恐らく被服業界の怠慢でしょう。絹糸は非常に細いですから、強くより合わせる事が出来ます。強く撚り合わせるには必然的に糸の必要量が増えます。糸の量が多ければ高価になります。しかし逆に強くなります。
図で書くとこのようになります。

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これは絹糸を使ったもの全てにあてはまります。生地でも同じです。売る方からしてみれば絹を使用しているとアピールしたい。でも絹を誠実に使えば高くなるのは自明。だったら撚りを甘くしてしまえ、と、こうなる。弱いです、しかし安いです。「絹です、でもこのお値段!」とアピールできます。そのため、絹は弱いと信じられてしまったのでしょう。

でも、消費者の方々にも問題があります。良いものが安くなるのは技術革新以外にはありえません。しかしそんなことは滅多に起きないのです。「良いものが高い」のは理由があるのです。同時に「安ければ安いだけの理由」もあるわけですね。

なぜ「比較的」高級な紳士服には、絹糸縫製が行われるかという話でした。

2002-2004頃