テーラリング(tailoring)とはなに?

既製服のテーラリング

ご質問を頂きました。「雑誌などで『このデザイナ/ブランドはテーラリングを熟知している』という評価があるが、既製服にも必要とされるテーラリングとは何か」というものです。テーラーという言葉からは「注文」の印象が強いですから、同じような疑問をお持ちの方も見えるかもしれません。

メールでお返事したのですが、サイトの更新としても良いとの許可を頂けましたので、加筆修正の上、今回はこのテーラリングにつきまして。

テーラリングというと、注文洋服(bespoke tailored)のみに聞こえますが、既製服でも必須です。テーラリングとは、非常に狭い意味では恐らく「裁断」を意味し、実質的には「洋服の本質についての知識」で、実際問題としては「服の限界についての知識」です。何が何だか分かりにくいですが、とても単純です。

狭い意味では裁断

辞書的な一番狭い意味としては、多分、「裁断」です。tailorの語源は to cut で、言葉の運用も裁断が中心です。例えばテーラード(tailored)という言葉には、第一義に「well cut」という意味を含んでいて、「well sewn」の意味はないようですし、聞いたこともありません。多分、これは注文洋服の「注文」たる由縁が裁断にあるためでしょう。(tailor,tailoredの語義についてはOxford)。

注文はお客様の要請、体型やデザインの要請が前提になっています。この要請の実現に直接関係するのは、実は縫製でなく、その前段階である「裁断」です。裁断という言葉からは「布を切る」という意味しか連想できませんが、実際には裁断に必要なことの全てを含む広い意味で使います。寸法取り(体型把握)やデザイニング、チャコ引きや型紙起こしも含みます。つまり、縫う以外の全ての行為を大まかに裁断と呼んでいるわけです。

そのため、形式的には「個々のお客様の注文に応じた」縫う以外の行為=テーラリングとなります。この意味では、一見、注文洋服でないとテーラリングが不要に見えますので、既製服にテーラリングが存在しないように見えてしまいます。オーダーメード方式をテーラー〜と呼ぶことがありますが、多分、この「お客様の注文に応じて」というところが強調されているからでしょう。でも、本当は少し違います。

実質的には服の本質部分

裁断時、体型やデザインに応じて布に線を引いていきます。型紙起こしは布でなく紙の上に引くだけですから事情は同じです。チャコ引きも型紙起こしも、結局は同じことをしているわけですから、多くの同業者は「線を引く」と一括りで表現します。要は注文に応じた設計図作りです。

ちなみにテーラーに限らず多くの方は線をフリー・ハンドで引くはずですが、最近ではCADや定規(スケール)しか使えないプロも増えてます。(種々の理由からフリー・ハンドは習得しておくべきです。「フリー・ハンドは伝説」という言葉を聞いて驚愕したことがありますので、ちょっとばかり)。

ただ、問題は「線が引けても服になるとは限らない」ところにあります。線は繋がっているにも関わらず、体型によっては服になりませんし、全く同じ線を引いているにもかかわらず、生地が変わればやっぱり服にならないことがあります。

そのため、裁断(デザイナ)と縫製が明確に分かれている場合に問題が起き易くなります。連携が悪かったりすると、縫製現場から「こんな線で縫えるかっ」という叫びが上がります。極端な場合、下手に線を引いたためにラインが完全に止まってしまい、「二度とこんなものを持ってくるな」と大問題になった大手があったりします。どこかは勿論ナイショです。

つまりテーラリングには、その裁断で本当に服になるのかどうかの知識、服の本質的部分についての知識を含んでおり、縫製の知識も一定程度以上は必須になります。余談ですが、現在のデザイナさんの最大の不幸は、「裁断と縫う」行為が分業化され過ぎているところにあるのかもしれません。

実際問題としては服の限界

上述から、実際に仕事として服を作る場合、テーラリングとして意識に登るのは結局一つだけになります。服の限界についてだけです。何か「実現したいこと」がある場合、それを実現する方法についてくる欠点と利点の把握です。例えば、「ボディビルダー体型で細身のシルエット、シワを出さずに極力柔らかい」という要請を実現したいとします。裁断や縫製を言葉で書くのは困難ですが、

  1. 背縫線
  2. 特定部位の糸の張力
  3. 芯や芯添え
  4. テープ
  5. 縫代

いい加減な列記ですが、たとえばこんな箇所の変更・工夫を考えます。しかし、1.背縫線は他への影響が極めて大きく「触ってはいけない」とも言われています。2.糸の張力を変化させると、3.芯や芯添えに影響が出ます。勿論、芯はそれ自体が本質部分です。4.テープは柔らかさに直結しますが、シワの有無にも直結します。5.縫代は後々の修理に影響します。生地の構成が変われば、下手をすると手法全部の変更が必要になります。

要は「何かを触った」とき、「他に、どんな、どの程度の影響が出るか」が、実際問題としてのテーラリングです。縫製上の限界や無理を、裁断側でどこまで織り込めるかどうかが眼目です。もし、これが裁断上で織り込めない場合、実際に縫製に入った時、「縫えない、風合いが違う、シワが出る、歪つ」などの問題が出てきて服になりません。また、作る段階で余分な試行錯誤をすることになるので、極端に時間がかかることになります。

既製服はオーダーメードの一種

テーラリングがこのようなものであるとして、なぜ既製服でもテーラリングが必要なのか。それは既製服も「ある種のオーダーメード」であるからです。オーダーの場合、現実に存在するオーダー(生地,体型,デザイン)に応じてテーラリングをしますが、既製服の場合、想定されたオーダーでテーラリングをしているわけです。

既製服の場合、一着のオリジナルがあり、それを大量コピーしているに過ぎません。そのオリジナルは、実際の注文ではなく、想定の注文に基づくオーダーメードです。A6寸法,デザインはこの当たりを「提案しよう」という意識で注文を想定しているわけです。そのため、「この想定の範囲」で完璧なテーラリングが必要になります。さもないと、服になりませんしコピーもできません。

逆に言えば、既製服ではテーラリングの必要範囲が狭くなりますから、本来なら理想的に美しい服も容易です。最高のテーラリングと縫製が追求可能です。かつてで言えば「ナンバー6」と呼ばれた6社がありました。ただ、服飾業界は解散や再結集を繰り返しているので、もう追いかけきれません。もう無かったり、同じ社名だとしても中身は別であることがありします。

本来なら、こういう目標になるような既製服をブランドと呼びたいですね。ラグジュアリ・ブランドの多くは、もうラグジュアリじゃなくなってしまいました。

普通、オーダーメードで出来が悪いと言えば、とても恥ずかしいことです。仕立屋殺すにゃ刃物はいらぬ、ただヘタクソと言えば良いってなもんです。間違いなく悶絶します。最近、既製服の業界では「既製服だから」という意識が非常に強くなっているような気がしますが、既製服の品質があまり良くないのは、本当は「オーダーメードと同じ」であるにも関わらず、「既製服だから」と言い訳しているためかもしれませんね。

最後に

御質問のメールを頂けたのは、実はレディス・アパレル メーカーの方と明かして頂きました。何だか冷や汗が出ています。Webの世界は怖いとつくづく思います。小さなテーラーの戯言ですので、聞き流して頂けましたらとても幸いです。

追記 金洋服店の服部氏からわざわざお電話を頂いてお褒めを頂いてしまいました。いつもお電話を頂き、激励やお話などをお聞かせ頂いて、とても不相応なことと感謝致しております。この項をお借りして厚くお礼を申し上げます。

2008.9.1