ジャケットの手入れ方法

手入れ方法

紳士服の手入れ方法に付いてお問い合わせを頂きました。ありがとうございました。クリーニングに関しては、素材や縫製、用途や頻度によって色々変わり、なかなか一概には言えません。

それ以外にはジャケットの手入れはきわめて簡単です。囲みの部分を守っていただければ十分です。…それだけでは寂しいので理由なども書いてみました。なお、基本的に全て毛芯が前提です。

シャツを頻繁に洗う 何よりもシャツを清潔に保つことが重要です。汚れたシャツは汗や脂をジャケットに移してしまいます。
ブラッシング 汚れを放置すると、湿気などで脂やゴミの色素がジャケットに沈着してしまいます。
ハンガーに吊るす 大抵のシワはハンガーに吊るしておくだけで取れます。逆にハンガーに吊るしておかないと、汚れが付いたり、シワが取れにくくなったりします。
クリーニング クリーニングは汗がしみ込んでしまった時などどうしても必要ですが、問題もあります。万能ではないので、むしろ上を心がけるようにします。

シャツを頻繁に洗う

これはジャケットの手入れの問題ではありませんけれど、シャツを頻繁に洗うとジャケットは痛めません。シャツは汗や皮脂を吸い取ります。もし洗濯が少ない場合、シャツに溜まった汗や脂がジャケットに移りますから、シャツは頻繁に洗うべきです。

シャツから襟が無くならなかったり、袖からシャツを1?2cm出すのは、皮膚にジャケットが触れないようにするための工夫です。もともとはデザインの問題というよりも、行儀の問題だったというわけです。

ブラッシングする

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ブラシは豚毛のものをお勧め致します。静電気が起こりにくく、生地も痛めません。右の写真は当店で使っているものです。一体いつからあるのか記憶にありません。かなり古い代物です。大きめのものの方が使いやすいと思います。かなり長く使えます。

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ブラッシングの掛け方は難しくありません。毛の方向に逆らわず、軽くかけるだけで十分です。静電気も取れますので、汚れも付着しにくくなります。一般的なジャケットでは、人間の体毛と同じ方向に毛が流れています。端的に言えば上から下、腕の付け根から袖口の方向です。

ウールなどの獣毛生地では、犬や猫の毛などが非常に取りにくくなる場合があります。その時はガムテープを輪にして、軽く叩くと奇麗に取れ、生地も痛めません。ブラッシングは手入れというよりも、身だしなみとしての性格の方が強いかもしれません。

必ずハンガーに吊るす (シワの解消)

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獣毛には塑性力がありますので、自然と元の形に戻ろうとします。これは良い生地ほど強くなります。大抵の獣毛(ウール,カシミア,モヘア)では半日も吊るして置けば、凡そのシワは取れてしまいます。

頑固なシワが生じた場合には、2〜3時間、風呂場に吊るしたあと、乾燥した場所に数時間吊るしておけば元に戻ります。

吊るす上で重要なのはハンガーです。1.はよく見かけるタイプのハンガーですが、これは不可です。針金ハンガーのような、「薄い」「湾曲がない」ものは総じて良くありません。2の様にしっかりしており、上から見て内側に向かって湾曲、厚みもないといけません。

普通、テーラーは納品時にこのようなハンガーを使いますので、オーダーをなさった方は、そのハンガーを使っていただければ十分です。ちなみに2は当店のものです。

クリーニングは万能ではない (洗濯について)

上記を行っても夏場などは汗が溜まりますし、汚れはつくものですから、どうしてもクリーニングは必要です。ただ頻繁にクリーニングに出さなくて済むよう上記を心掛けてください。いろいろと理由があります。

構造上の問題

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一つ目はクリーニング店が、それほど紳士服の構造に詳しくない点にあります。例えば紳士服は曲線でできています。特に襟の部分はかなり留意しています。曲線ですからAのように内周と外周で距離に違いが出ます。もし、アイロンを「真っ直ぐ」掛けると、当然ながら端の方にシワがよります(B)。襟の部分にシワが溜まった状態で帰ってくることがあるのは、こういう理由です。

素材上の問題

もう一つは素材上の問題です。ジャケットは一般にウールのような獣毛を使います。ウールには独特の光沢と肌触りの良いぬめりがあります。これは羊毛に「脂」があるためです。

カウチン・セーター(Cowichan Sweater)というカナダ特有のウールセーターがあります。カナダのカウチン族が20世紀初頭に着始めたもので、鳥獣模様が特徴的なセーターです。セーターながら、戸外作業に使用でき、多少の風雨に晒されてももろともしない頑強さを誇っています。これは羊毛を全く脱脂しないためです。洗剤で洗うと途端に弱くなります。

同様にジャケットに使われるウールも油分を持っていますから、もともと「水に強く洗剤に弱い」性質があります。そのためドライ・クリーニングで洗剤に晒されると、徐々に徐々に生地が弱くなってぱさぱさになります。そのため本来は「水洗い」の方がジャケットに向きます。

水洗いでも問題がないわけでなく

そうなると水洗いクリーニングなら問題がないと言えそうです。しかし、水洗いにすると、どうしてもジャケットに大きく負荷が掛かります。かなり前の事ではありますが、がっちりした英国調、フルハンドメイド、強い生地でジャケットが作られていた頃、洗濯機で洗ったりすることがありました。それほど、強く作ろうと思えばジャケットは強くなります。

しかし、最近多い「段返り」のものや、イタリア調の「柔らかい風合い」のものは、洗った後にアイロンを掛ける必要が出てきます。しかし、このアイロン掛け、風合いが柔らかいほど難しくなります。服に詳しければアイロンで元に戻せますが、クリーニング屋さんはテーラーでありませんから、なかなか上手くありません。

接着芯の場合、ますます水洗いは難しくなります。接着芯の場合、水洗いで問題が生じないのは、表裏と芯が「全て化繊のもの」だけです。いわゆるウォッシャブル・スーツですね。

この点、ドライクリーニングであれば、それほどアイロンを掛けなくても済みますから、接着芯でも大丈夫、段返りや襟はそのままの風合いで帰ってきます。ドライ・クリーニングに水洗い、一長一短、善し悪しがあります。

クリーニングのまとめ

  • 固めの英国調、良い生地であれば、水洗いクリーニングで問題がありません。
  • イタリア調などの柔らかい風合いのものは、腕の良いクリーニング店であれば水洗い、そうでなければドライ・クリーニングが無難です。ドライ・クリーニングは頻繁にはしない方が良いでしょう。
  • 接着芯のもの。これはドライ・クリーニングが良いでしょう。水洗いは避けた方が無難だと思います。下手をすればシルエットそのものが変化します。

最近では特に婦人ものに、デザインを優先しすぎて素材や縫製に難のある服が随分と多くなっています。また相当に価格競争が強い職種で、テーラーでも一定の時間がかかるアイロン掛けを、このような価格競争下で実現するのはなかなか困難だと思います。良いクリーニング屋さんを探すことが一番かも知れませんね。

2005.5.28