型紙

型紙

テーラー仲間にAさんというかたがいます。Aさんは古参テーラーで今ではもう70代です。Aさんの父君も、日本では最古参のテーラーの一人です。先日、Aさんのご母堂が亡くなり、その夜伽に行って参りました。夜伽ですから、御住職がお経を唱えます。お経の次は普通「白骨の章」となるところですが、今回はそこでご母堂についての思い出話となりました。90歳の大往生だったからかもしれません。

40年程前、御住職はお寺を継いでおらず、駆け出しの社会人だったそうです。そのためお金に余り余分がなく、分割をAさんのご母堂に申し入れたところ、快く引き受け、その場で採寸等々となりました。御住職がその分割の第1回目、手付けを持っていったところ、Aさんの父君は以下のように言ったそうです。

「既に型紙は起こしてありますので」

御住職はこれを大変嬉しく思われたそうです。自分の型紙がテーラーに置いてある!、これからもずっとある!。テーラーは廃業するまで型紙を捨てませんから、テーラーからすれば当然なのですけれども、御住職はこれで一人前になったと思われたそうです。

私もテーラーになって35年となりますけれど、やっぱり型紙は愛着があって捨てられません。35年ともなると気がつけば沢山あります。時々整理するのですけれども、もう既に亡くなったお客様の型紙もちらほらと出て来ます。懐かしく、思わず型紙を眺め返したり故人や故人とのやりとりを思い出したりもします。

自分の情報が忘れられることなく一つの店にずっとある。最近、こういう事は個人情報の問題で全く流行らないような気がします。最近Faxで、顧客情報流出による損害賠償額を列記し、その流出を防ぐ手法に付いて案内するダイレクトを頂きました。本当なら処分するべきなのかもしれません。ただ、それでも御住職の話は何とも粋で大変嬉しく思いましたので、ちょっと書き残しておきたくなりました。

2005.3.16